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朝ごはんと多言語家族

自宅から歩いて数分の所に、海辺に面した店が何軒かある。
どの店も土地柄のせいか、コロナ禍でも、日中は観光客で混雑している。
朝7時過ぎから朝食を出してくれる店も数軒あり、僕ら夫婦は時々、そこへ行って軽い食事を取り、1時間半ほど過ごす。

ある晴れた朝、娘を母に預けて妻と二人、散歩がてらリコッタチーズのパンケーキを食べに、海辺に面した店にやってきた。

珍しく、その朝は僕ら夫婦と、3組くらいしかおらず、テラスの東側に席を取れた。

そこのパンケーキは、店からの眺望も手伝って格段に美味しい。
パンケーキが焼けるまで20分近くかかる。
その間、妻が取り留めもなく新しく始めた英語リトミック教室でのアルバイトの話をし始めてくれた。
教室にくる子どもたちは2歳から4歳くらいの小さな子どもたちで、母親らと英語でピアノに合わせてダンスしたり、リズムを手拍子で表現したり、絵を描いたりするらしい。
妻は英語圏の出身ではないが、大学ではピアノ演奏を専攻していた為、採用されたのだろうと話していた。
「子どもたちには、英語で話すというよりも、ピアノで話かけるしかできていないの。だから、もう少し英語も日本語も上手くなりたい。そうしたら、もっと仲良くなれると思うんだよね。」
彼女はキラキラ光る水平線を眺めながら、彼女なりの小さな、けれども暖かい、想いを僕に話してくれた。
「信頼関係が作れるのって、結局は、態度と表情よね。わたし、頑張れるかなぁ」
パンケーキがテーブルに並べられ、コーンバターとメープルシロップの香りと潮風が僕らの周りにまとわりつき始めた。
僕はリコッタチーズのパンケーキを頬張りながら話す彼女を何処か誇らしく思えた。
「シモーヌ(仮称)ちゃんなら多分子どもたちとすぐ仲良しなれるんじゃない?言葉も大事だけど、子どもたちと一緒に楽しめるかどうかの方が信頼関係に影響するんじゃないかな」
そんな風に彼女に言ってみたものの正直言って、あまり自信がなかった。
僕ら二人は国籍や環境がかなり特殊で、同居している母はタガログ語と英語だし、祖母に至ってはスペイン語と英語だ。よく遊びにくる親戚は集まると殆どがスペイン語だ。
妻は最初スペイン語もタガログ語も英語も全く理解出来なかった。僕の母と意思疎通するときは二人の共通言語である日本語か英語だった。
母は日本語が今だに怪しい。
「かーちゃんとかばーちゃんとか、昼間一緒にいてストレス溜まったりせんの?」
僕はかなりダイレクトに彼女に疑問を投げつけた。
「んー、英語上手になりたい。そしたらわたしの想いとかもっとたくさんママに話せるし。やっぱりそう考えると、伝えたい!っていう想いが大事だねー…」
僕は、彼女の母国語であるロシア語を殆ど勉強したことがない。今こうして話しているのも彼女が日本語を理解出来ることをいい事に、全て日本語だ。少し後ろめたい気持ちになった。
彼女の伝えたい微妙なニュアンスとかを、もし僕が、ロシア語がもっと出来たら理解してあげれる。わかってはいても、僕はこれまであまり勉強してこなかった。
そんな僕の気持ちを見透かして彼女はにっこりしながら、「ここは日本だし」と笑いながら言ってくれた。
大らかな妻、祖母や母で助かった。
コーヒーも飲み終わり、テーブルチェックをしてもらい、店を出た。
白い階段を降りていく妻の後ろ姿は、どことなくたくましく、優しくてカッコいい。
僕らは手を繋いで朝焼けの残る七里ヶ浜の海岸を歩いた。

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