ボノボの憂鬱
清水翔太さんの『君が好き』という曲があって、すごく好きなんだけど、それであるショートショートを前に書いていたのを思い出した。
ひとってそういえば消える。
SNSとか虚構性の強い空間では簡単に消えることができるし、気が向いたら別のSNSで転生してたり、本気で何かを書く場所なんかじゃないかもしれない。
SNSを始めてこの2年間で何人も消えてった。
SNSならまだマシで、現実ではある時期バタバタと死んでった。
そうやってもしかしたら、1人あたまの関与する他者の人数を宇宙人が操作してるのかもしれない。
このひとには100人、あのひとは1000人フォロワーいるからリアルでもまあ、200人くらいにしとこう、じゃないと整合性に支障をきたすことがもしかしたらあるかもしんない、やっぱり10人でいいや、1000人虚構にいるならそれでいいだろう、だとか色々と宇宙人の都合で、俺の関与できない次元で多分話し合いが行われて決まっているかもしれない。
今日も気付いたらすごくお気に入りだった文章を書くひとが消えてた。
俺はいつも真面目に書くのにちゃんと書けない。
他人からしてみたらくだらない安物のきゅんきゅんが出てきた。
タイトルは『いつかの12月』
*
いつかの12月
「ねぇ、起きてる?」
LINEの通知が鳴って起きた。
彼女からのメッセージだった。
「起きてるよ」
寝ぼけながら、ほんの少し嘘をつく。
本当は、眠りに落ちていた。
寝てた、と言えば彼女がそれ以上メッセージをくれない気がした。
10ヶ月ぶりに彼女からLINEを送って来てくれた。
一年近く前にあることで僕らの関係は崩れていった。
僕が悪いのはわかっている。
それでも、時々、本当に僕だけの責任なのか?だとか情けない無責任なことを考えたりもした。
それから数日して、冷却期間を置きたいと言われた。
僕はただ従うしかなかった。
LINEを送る。
数日後に既読が付く。
相槌やスタンプだけが返ってくる。
僕はすぐにメッセージを開いて返信する…。
また数日後に既読が付く。
やがて1週間後、2週間後、と既読の付く間隔は伸びていった。
あるとき、僕は思い切って聞いた。
「俺らってもう終わってる?」
3週間くらいして、彼女がスタンプで✖︎を送ってきた。
僕はそれがどういう意味なのかわからなかった。
年末も近い、12月のある日、偶然、彼女が本屋から出てくるところを僕が見かけて、呼び止めた。
僕らは小さな街の喫茶店に入った。
「ずっと一緒に居たいのに、アレからどう接したら良いかわからなくなった」──それが彼女のそのとき言った全てで、あとは黙ってふたりでココアを飲んで、店を出た。
冷たい雨が降り出していた。
彼女が大きなトートバッグから折りたたみ傘を取り出した。彼女のバッグはなんでも出てくる。
爪切りとか、化粧品のポーチとか、僕と待ち合わせしているときに読む僕の貸してあげた本とか。
ふたりで黙ったまま駅まで歩いた。
僕は電車に乗らなかった。
雨に打たれて歩いてアパートまで帰った。
海沿いの踏切あたりで雨はみぞれに変わり、アパートに着く頃には、ぼたん雪になっていた。
ドアを開けると真っ暗な部屋を灯りもつけないまま、コップに水を注ぎ、飲み干した。
流しの蛇口から雫が落ちた。
あとは静寂だけが残って、部屋全体がどこまでも続いてる夜空のように思えた。
どっと言いようのない虚脱感に襲われて、そのままベッドに倒れ込んで眠ってしまった。
「ねぇ、起きてる?」
LINEの通知が鳴って起きた。
彼女からのメッセージだった。
「起きてるよ」
寝ぼけながら、ほんの少し嘘をつく。
本当は、眠りに落ちていた。
寝てた、と言えば彼女がそれ以上メッセージをくれない気がした。
「『別れたい』って送らないでいいから。
1分後に2個目のメッセージ送るから。
でも、別れたいなら、既読つけないで」
そう送ると、すぐに既読が付いた。
1分して、僕は2回目のメッセージを送った。
「あのとき支えてあげれなくて、ごめんね。
何が何でも反対したら良かったのかもしれない。謝って許されることじゃないけど、ごめん。
でも俺は一生かけて償うから、ゆっくりでいいから、一緒にまた歩いてほしい」
送信して、すぐに機内モードに変えた。
僕は目を瞑る。イヤホンをつけると大音量で清水翔太が歌い始めた。彼女と一緒に眠った夜を思い出す。磨きたての漆黒の空にオリオン座が健気に輝いていた日のこと。雪が降る夜、裸足でベランダに出てはしゃぐ彼女。ふたりでいる今がすべてだった夜───全部いつかの12月。
#ショートショート
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