牛香るポーク
1時間半くらい残業して帰ってきた金曜の夜。最寄駅のコンビニで大入り豚まんを買って、お店の扉を出てすぐにかぶりついた。
おいしい。いつだっておいしいけれど、肌寒い季節に人目も憚らず買い食いする中華まんは格別。白いふかふかのまんじゅう生地の、つるりと薄皮状になった表面が歯に貼りつくのを舐め落としながら思う。一口目から餡に届かないところがいいのよね、と。このまんじゅう生地好きの同志はいらっしゃいますでしょうか。
最近私の中では密かに豚肉が流行っている。人と外食のお店を決めるときに、「何にしよう、肉? 魚?」とはじまると、まず浮かぶのは焼き鳥。洋食ランチでステーキとローストポークとチキンソテーだったら、悩んだ末に「鶏かなぁ」という具合で、あえて選ぶなら鶏肉推しだった。先々週のお弁当に、えのきと小松菜の豚バラ巻きを入れてから、豚の甘い脂の味に少しはまっている。
週末が来る。来週のお弁当を仕込まなければ。平日は家のことがほぼ何もできないので、土日に5つお弁当を仕込んでまるごと冷凍しているのだ。来週のメインは何にしようかな。
ぷりっとした細かい角切りの豚肉餡を味わいながら思い立つ。阿川さんの肉味噌をやってみよう。
読み終えたばかりの文庫本は、阿川佐和子による雑誌エッセイの再録集だった。肉味噌が登場したページを探す。まず甜面醤を作り、それを使って豚ひき肉を炒める。甜面醤の「めん」は、本に倣って「面」にしています。
本来は赤出し味噌を使うけれど阿川さんも米味噌で代用していたし、と、冷蔵庫にあった普通の味噌で強行。ほかは水、砂糖、酒、醤油、サラダ油と胡麻油。オッケー、揃ってる。
お気に入りの水色ミルクパン(という名目の万能小鍋)に、油以外の材料を入れてよく混ぜ合わせる。先に言っておきますが、私は料理をしなくはないけれど達者ではございません。味噌と水がほぼ同量ってあったけど見た目で? 重さで? これからやる人へ、おそらく目分の話ですよ。さらっさらで不安になるけれど、火にかけて煮詰めていけば大丈夫。とろ火でふつふつさせながら焦がさないように混ぜ続けることおよそ20分。これだと思うとろみになったら火からおろして油をまぜる。味見してみると、うむ。混ぜたものからしてそうだよね、という感じの、甘塩っぱい調味味噌の完成。イメージしている甜面醤味との違いは、やはり赤出し味噌ではないからかな。野菜ディップなんかでも使えそう。
さて、ここからは肉味噌作りへ。スーパーで買ってきたひき肉を、チューブ生姜とともに炒める。なんだか普通のひき肉よりやたら脂が出る……? そうだ、と思い出す。割引シールで選んだけれど、この豚ひき肉、「ハンバーグにおすすめ!牛脂入り」。これでハンバーグを作れば、肉汁溢れるジューシーなものができたのでしょう。もったいないことをしたかも。まあ、最後においしければよし。できたて甜面醤を投入して再び炒れば完成。実食……ん? おいしいけれど、はて、これは。
冒頭覚えていますか。「豚の脂の味が好き」と申しました。牛脂のリッチな香りが鼻を抜けていく肉味噌の完成。あくまで脂が追加されただけで合いびきではないというのに、牛の存在感とはこんなに強烈なものか。というか、牛肉の味ってこの脂ありきなのか。勉強になりました。
今日は何を食べよう、と自分に問い、自分で決めることが、いかに重要か。2年に満たない一人暮らし生活を経て実家に戻り、気づいたことのひとつである。何も自炊に限らずとも、今日はどうしてもカレー、とか、身体が野菜を欲しているな、とか、あえて食べない、とか。その都度自分の食欲と向き合って食を選ぶことが、生きている実感に直結するとわかった。そこには二つの要素がある。食べることと、決めて行うこと。いわずもがな、食べることは生命を支える最重要要素のひとつで、そこに考えて行動する行為が加わる。何を食べるか自分で決めるなんてわりと当たり前のことが、身体的・精神的に活き活きと生きるためのティップスなのだとわかって以来、より一層意識するようになった。
ありがたく両親と同じ食事をもらうこともしばしばあるけれど、毎日供されるものをただ受け入れる状態が続くと、生きているのか死んでいるのかわからなくなるぞ、という発見を忘れないようにしている。
今日の本は、阿川佐和子著「残るは食欲」。読みながら、この本の記録は感想文の代わりに食エッセイ的な仕上げにしてみようと考えていた。愛欲に物欲、自分の中に蠢くさまざまな欲が凪いだとき、世界に自分を繋ぎ止めるのは食欲だ、という意味だそう。たしかにそうかもしれない。何が食べたいかすら考えられない状態は危険信号のように思える。
阿川さんの言葉から溢れ出る食への熱量にこちらも元気を灯されるような一冊でございました。なんとなく文体も寄っている気が。なんて、それはさすがにおこがましい。
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