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イチプロレスファンが「プロレス芸」発言に思うこと

「アンチのプロレス芸」とは?

立憲民主党の塩村文夏議員いわく「『デマを拡散をしてSNSで炎上をして、私がそれに対抗をする』的なものが出来上がっており、SNSという会場で盛り上げ、エンターテインメント化しているという主旨でした」とのこと。

私の頭が悪いせいだと思いますが、なぜこの文脈でプロレスが比喩に使われたのかイマイチわかりません。SNSというリングで「塩村議員 vs デマ拡散者」の戦いが進行しているとして、誰がそれを楽しんでいるのか? お金を払ってでも見たいと思っている人がいるのでしょうか? 

デマ拡散者が仲間内で盛り上がっている、ということなら、あくまでも観客を楽しませるために選手が心身を削るプロレスとは別物でしょう。それとも塩村議員のなかで「デマ拡散者がヒールでそれをやっつける自分がベビーフェイス」という図式になっているのですか? 塩村さんの支持者がそれを喜んで見ている、だから連中の期待に応えるためにアンチと戦うと。

たぶんそんなつもりはないでしょう。でも勧善懲悪はエンターテインメントの基本。それになぞらえたのであれば、当事者の一方である自分をヒールとは考えないはず。

だとしたら、それは「アンチのプロレス芸」ではなく「塩村議員の思い込み」と言わざるを得ません。アンチは自分たちが楽しめればいいだけ。そしてもし塩村さんが自分を正義のヒーローと考え、そういう己を楽しんでいたとしても、おそらく大多数のお客さん=国民は楽しんでいない。

つまり双方ともに独り善がり。そこで行われているのはエンターテインメントのプロレスではなく、芸と呼べる要素も見当たりません。

もうひとつ。「これでは出来レース」みたいな文脈のなかで「プロレス」というワードを使うことに慎重さを欠いているのは、令和の政治家としてどうなのか。

いまはジャンルに対する理解が、プロレスに詳しくない人の間でも進んでいます。「八百長でしょ」と嗤われるケースは明らかに減りました。だったら、時代の流れに敏感であるべき議員のスタンスも変化してもらわないと困る。「女性がたくさん入っている会議は時間かかる」と発言して炎上した某氏の相似形では今後に期待を抱けない。

いつも土曜はブックレビューを上げています。でもこれはスルーできず、思ったことを書いてみました。的外れな見解かもしれませんが、イチプロレスファンの声として読んでもらえれば幸いです。

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