「いつか失敗するよ」と言われますが、「既に転がり続けていますよ」という話

ええ、今まで何人もの人に、「いつか失敗するよ」と言われました。でも、既にもう失敗の連続なんです。

転がり続けています。

数年前に下北沢に物件を借りたことがあるんです。借りる時には、なんか面白いことが出来そうと思って契約をしたわけです。ただ、一度もオープンすることなく解約しました。

住んでいる吉祥寺からは近いし、少し足を伸ばせばいけると思ったんですが、少し足を伸ばすことが出来なかったんです。情熱もあったんです。いったいどういう心理状態だったんだろうと今でも不思議です。借りたのにも関わらずなんとなくいけなかったんですよね。でも、そんな状況になるということは借りないと分からなかったことで、子供が何でも口に入れて確認する時期があると思うのですが、全く同じことだと思っています。実際に自分がその立場になってみないと分からない。その一言に尽きます。

ただ、もし借りていなかったら、下北沢にお店持ちたいなぁとずっと思い、その度になんかしらの理由で自分の気持ちを押し殺していたと思うんです。イソップ物語に出てくるすっぱい葡萄現象に陥っていましたね

話は変わり、そんな私には特技がありまして、、それはじっと眺め続けるために自分の身を現場に置くことです。

小さいころから、自由闊達に!という感じではなくて、団地の芝生でごろごろしながら、もぐらの作ったこんもりした土を眺めている方で、尚且つ、いつかモグラがでてこないかなとずっと飽きずに眺めていたんです。

「知ってるよ。モグラが作ったんでしょ」

そう言うのは簡単なのですが、本当にモグラが作っているのかなというのが気になるんですよね。気になったからといって、自分で何かをすることは出来ずにじっと見ているしかないんですが、じっと見ているのは得意でした。何も考えずにじっと見続けていると、みんなが思うよりも何倍も見続けていると、見えてくるものがあります。また、しばらく見ても何も見えてこないんだということが分かります。

モグラは現れませんでした。

とつらつらと書いているのですが何か伝えたいことがあって書いているわけでもなく、とりあえず習慣化させたいと思って、noteの記事を書くボタンを押しただけで。うーん。

でも、たぶん、絶対w今の僕はまた見続けることに比重が置かれるタイミングになったのだと思います。コロナで大変な時期ですが、最近始めた物件チェックは今日も続けていますし、その他のことも数個の対象を見続けて、何かを作る準備段階なのかもしれません。

なんの準備かわかりませんし、取り組み始めたら「いつか失敗するよ」というのろいの呪文のようなことをまた聞くことになると思いますが、、、別にそもそも取り組んでいるものを改修し続けているだけで、成功しているわけでもないので、失敗することもありません。

取り組んだことを止めることになったとしても、それはそれで仕方のないことだとも思っています。別のタイミングでまたやることになった時に少しだけ経験が活きるかもしれませんしね。

最近、本屋さんから相談を受けることもありますが、中には思いつめている方もいて、「やめた方がいいとわかっていても、やめることが怖くて続けるしかない」という言葉を何人かに聞きました。僕の場合、幸か不幸か冒頭で書いたように一度契約したお店を解約した経験があるので、止める、引き返す経験をしています。ですので、あまり今取り組んでいることを続けないとすべてが終わるというのはあまり思っていないのかもしれません。

でも、これもまたその状況になってみないと分からないことなのだとは思いますが。会議室で現場の人の本当の気持ちはわからないので。

今、42歳なんです。おっさんですよね。でも手を動かす、おっさんでいたいなと思います。コロナもあって動きづらいですが、考えていることを形にして、フィットしないものを改修しつづけて、根付かせて、広めていきたいなと思います。転がり続けるのは時にしんどいですが、楽しいんですよね。

はぁ今日もかけた。話をする感じで書くのがいいんですかね。書きやすくなってきました。書き言葉というより話し言葉そのままですもんね。w

はじめから撤退を考えてくださいとはいいませんが、時に撤退をした方が別の道が開けるということを伝えたいなと思って書き進めた感じですかね。

それではー

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