バンド・デシネの新たな才能発掘「オレンジBD賞」!
6月29日配信のポッドキャスト「海外マンガRADIO」第19回で、バンド・デシネ翻訳者の原正人さんにちょっと面白いフランスのバンド・デシネ(フランス語圏マンガ)の賞を教えてもらいました。
その名も「オレンジBD賞(Prix Orange de la Bande Dessinée)」!
フランスの通信会社オレンジグループによって設立された健康、教育、文化を支援するオレンジ財団(La Fondation Orange)が主催する、いまだ評価されていない新たな才能を顕彰することを目的としたマンガ賞。
2023年で4回目となるそうです。
単行本描きおろしが基本のフランスのマンガ界。
新しいマンガ家が世に出るハードルがとても高い……。
そう考えるとこういうマンガ賞で新しいマンガ家やマンガ作品を評価し、みんなに知ってもらうことは本当に大事だなと思います!
そういえば今年のアングレーム国際漫画祭でも、単行本発表数3作品までの新人作家を表彰する「フィリップ・ドリュイエ賞」も創設されましたね。
いずれにしてもバンド・デシネの新しい情報に飢えている私としては、とても興味深い賞です!!
ということで「オレンジBD賞」の最終ノミネート作品と最優秀賞受賞作品を見ていきたいと思います。
「オレンジBD賞」については下のYoutubeライブでもお話しているのでよかったらご覧ください。
2023年オレンジBD賞
2022年3月1日から2023年2月28日にフランス語で刊行された作品を対象に、最終6作品が選出されました。
審査員長は2015年のシャルリ・エブド事件のトラウマを描いた『Dessiner encore』の作者Coco(ココ)。
また第3回オレンジBD賞で最優秀賞に輝いた『Lettres perdues』の作者Jim Bishop(ジム・ビショップ)も審査員に名を連ねています。
以下、最優秀賞と最終ノミネート5作品を紹介します!
最優秀賞
■『Majnoun et Leili : chants d'outre-tombe』(マジュノンとレイリ:墓場の彼方からの詩)
作:Yann Damezin(ヤン・ダムザン)、発行:La Boîte à Bulles
詩人マジュノンとその恋人レイリとの狂おしいまでの悲恋を、色彩鮮やかでオリエンタルなビジュアル、アレクサンドラン(12音節の詩句)で綴る。
とにかくそのグラフィックのあでやかさに目を奪われる…!
どえらい作品があるものだとひたすらに感嘆してしまう作品です!
最終ノミネート5作品
■『Derrière le rideau』(カーテンの向こう側)
作:Sara Del Giudice(サラ・デル・ギュディス)、発行:Dargaud
1930年代末、プロヴァンスの村で幸せに暮らしていたヤエルと妹のエミリー。しかし母親が亡くなり、父親が再婚したことで生活は一変する。やがてヤエルが大きくなるにつれ、戦争とユダヤ人迫害の手が迫ろうとしていた。
アイズナー賞2023のDegital Comic部門にもノミネートされていた作品ですね。(英題『Behind the Curtain』)
■『Hoka Hey!』(ホッカ・ヘイ!)
作:Neyef(ネイエフ)、発行:Rue de Sèvres-Label 619
Rue de Sèvres社に移籍したLabel 619の西部劇!
アメリカ先住民の同化政策によって自分のルーツを忘れかけていたラコタ族の少年ジョージは、復讐に燃えるネイティブ・アメリカンのリトル・ナイフに出会って心を動かされていく…。
ちなみに「Hoka Hey(ホッカ・ヘイ)」というのはネイティブ・アメリカンの言葉で"it's a good day to die"という意味で、転じて「やってみよう!」といった意味の感嘆詞になるそうです。
ACBD批評グランプリ2023ノミネート、アングレーム国際漫画祭2023公式セレクションにも選ばれていた作品です。
このネイエフという作家。フランスのSFマンガ誌『Métal Hurlant』第7号にも短編を寄せていました…!
第7号のテーマは「モンスター」だったのですが、真夏の若者の精神に密やかに潜む「モンスター」を描いた作品でした…。
絵柄はちょっとバスティアン・ヴィヴェスの『年上のひと』を思わせるような、ラフでありながら繊細なタッチ…。
『Hoka Hey!』は私の大好きなマチュー・バブレも所属しているLabel 619レーベルでもかなり力を入れて打ち出していたし、各種フランスのマンガ賞でも取り上げられていたし…でも西部劇はそんなに…と思っていたのですが、俄然興味が湧いてきました…!!
■『Nettoyage à sec』(ドライクリーニング)
作:Joris Mertens(ヨリス・マーテンス)、発行:Rue de Sèvres
『BÉATRICE』のヨリス・マーテンスの新作。
雨の絶えない街で1人暮らしをしながらクリーニング店の配達員をしている冴えない中年男。ある日配達に行った家に大金と死体の山が転がっていて…。
ACBD批評グランプリ2023のノミネート作品、Fnac France InterBD賞2023最終ノミネート作品でもあります。
なんといってもこの作品は、濡れた石畳の色彩がとにかくとにかく美しい…!
『BÉATRICE』もキーカラーの「赤」が鮮烈な印象的だったんですよね。
ヨリス・マーテンスは個人的に気になるBD作家のひとりです。
■『L'ombre des pins』(松の木陰)
作:Valerian Guillaume(ヴァレリアン・ギヨーム)、Cecile Dupuis(セシル・デュピュイ)、発行:Rivages
思春期の少年パブロは毎夏を海沿いの祖母の家で過ごす。
その夏、彼が出会ったのはカメラのレンズ越しに世界を眺める少女カルラ。
松の木陰で出会い、互いに惹かれあうふたりのティーンエイジャー。
試し読みページをちらっと見ただけですが、キャラクター造形はシンプルながら、丹念に描き込まれた背景がとても印象的です。
■『De sel et de sang』(塩と血)
作:Fred Paronuzzi(フレッド・パロヌッツィ)、画:Vincent Djinda(ヴァンサン・ジンダ)、発行:Les Arènes BD
フランス南部エーグ=モルトの塩性湿地。塩の生産のためにフランス外を含めて各地から集まった季節性労働者たち。その労働者たちの間で1893年8月に実際に起きた知られざる悲劇を明るみに曝け出す。
こちらも試し読みページをちらっと見ただけですが、白い空、白い塩、それに対比するような薄汚れた影のある労働者たち。力強くもくたびれた美しさのあるビジュアルです。
※※※
ファンタジックな作品、歴史や実際の起きた事件をもとにした作品…と絵柄も内容もバラエティに富んだラインナップになっていますね。
ということで、なかなか面白いマンガ賞でもあるので、過去の最優秀賞・最終ノミネート作品も簡単にみていきます…!
2022年オレンジBD賞
2021年1月1日から2022年2月28日までに発行されたマンガを対象に最終ノミネート6作品、最優秀賞1作品が選ばれました。
最優秀賞
■『Lettres perdues』(失われた手紙)
作:Jim Bishop(ジム・ビショップ)、発行:Glénat
私も大好きなJim Bishopの『Lettres perdues』です!
母親からの届かない手紙を待ち続ける少年は、手紙を探しに街の郵便局へ向かうことにする。その途中で拾った何やら訳アリなヒッチハイカーの少女。マフィアの事件を追う刑事…。果たして少年は無事に母親の手紙を見つけることができるのか…!? 海へ空へとドキドキワクワクの大冒険!
とにかく色彩が美しい…!
ニンゲンの言葉を話す魚類と共存するという世界観が面白い!
両親との関係、冒険を経てたどり着いた先でのほろ苦い成長というジュブナイルものとしてのストーリーも良い…!
ジュブナイルもののバンド・デシネを表彰する『Prix 2022 de la BD France Bleu』(フランス・ブルー漫画賞2022)グランプリ。Fnac France InterBD賞2022ノミネート作品でもあります。
最終ノミネート5作品
■『Il est où le patron ? chroniques de paysannes』(オーナーはどこ?農家クロニクル)
作:Les Paysannes En Polaire(フリースを着た農家)、画:Maud Benezit(モード・ベネジット)、発行:Marabulles
農家を営む5人の女性がよく聞かれることは「オーナーはどこ?」。
男性社会の農業の日常を語りつつ、家父長制に立ち向かう女性たちの物語。
■『Vivian Maier : à la surface d'un miroir』(鏡に映るヴィヴィアン・マイヤー)
作:Paulina Spucches(ポリーナ・スプチェス)、発行:Steinkis
ベビーシッターをしながら写真を撮り続けた実在のアマチュア写真家ヴィヴィアン・マイヤー(1926-2009年)を色彩豊かに描き出す。
■『Le grand voyage d'Alice』(アリスの大旅行)
作:Gaspard Talmasse(ガスパール・タルマス)、発行:La Boîte à Bulles
1994年、ルワンダで内戦が起こり、5歳のアリスは家族とともにザイールへと数千キロの旅をする。
■『Zaza Bizar』(ザザ・ビザール)
作:Nadia Nakhle(ナディア・ナクル)、発行:Delcourt
言語障害があり読み書きや話すことが苦手なエリザは学校のみんなから「ザザ・ビザール」と呼ばれている。(bizarreという言葉には「変」という意味)。エリザの心の内をノート形式で描く。
■『Le songe du corbeau』(カラスの夢)
作:Atelier Sento(アトリエ・セントー)、画:Alberto M.C.(アルベルトM.C.)、発行:Delcourt
10歳の時に誘拐されたコウジは森の中で他の子どもと不思議な怪物と一緒に暮らした。それから20年後、コウジの周囲で謎の連続失踪事件が起きる。コウジは自分の過去と向き合わなくてはならない。
『鬼火』のアトリエ・セントーさんがシナリオを担当する、日本を舞台にしたオカルティック・ファンタジー。
松本大洋を彷彿とさせる淡い水彩が美しい。
2021年オレンジBD賞
2020年に発行された作品の中からノミネート16作品、最終ノミネート6作品、最優秀賞1作品が選ばれました。
最優秀賞
■『Radium girls』(ラジウム・ガールズ)
作:Cy、発行:Glénat
1920年代、アメリカのラジウム社の時計工場で文字盤に蛍光塗料を塗る仕事をしていた女工たちは、知らないうちに被曝していた。
パープルとラジウムグリーンを中心に限られた色鉛筆で彩色。
表紙には蓄光塗料が用いられ闇夜で光るという凝った装丁。
Fnac France InterBD賞2021ノミネート作品でした。
最終ノミネート5作品
■『Béatrice』(ベアトリス)
作:Joris Mertens(ヨリス・マーテンス)、発行:Rue de Sèvres
2023年には『Nettoyage à sec』(ドライクリーニング)がノミネートしていたヨリス・マーテンスの作品です。どうやらオレンジBD賞にはこのマンガ家さんを推している方がいらっしゃるのかもしれません…(笑)
デパートの販売員をしているベアトリスは毎日通勤で使っている駅でいつも赤いバッグを見かけた。そのバッグに手を触れると世界が一変して…。
■『Les oiseaux ne se retournent pas』(鳥たちは振り返らない)
作:Nadia Nakhle(ナディア・ナクル)、発行:Delcourt
2022年に『Zaza Bizar』(ザザ・ビザール)でノミネートしていたナディア・ナクルさんの作品です。どうやらオレンジBD賞には…以下略(笑)
祖国が戦争になりヨーロッパに亡命した12歳のアメルは国境で家族を失い一人ぼっちになったところを脱走兵のバセムに出会う。
カイトの赤、鳥の赤が目にまぶしいモノトーンの世界は詩のように美しい。これは審査員さんたちがこのマンガ家を何とか受賞させたい気持ちが分かります…。
正直、今回このオレンジBD賞を調べていて一番の収穫がこの作家さんを知れたことです…!
■『De l'importance du poil de nez』(鼻毛の大切さ)
作:Noemie(ノエミ)、発行:Sarbacane
レバノン出身の作者の自伝的な作品。レバノンでの生活、18歳で発覚したガン。面白いタイトルだがシリアスな内容を原色の鮮やかな色鉛筆で浮かび上がらせる。
レバノン出身の漫画家と言えば『オリエンタル・ピアノ』のゼイナ・アビラシェドを思い出しますが、また全然方向性の違うアートです。
■『Hippie trail』(ヒッピー・トレイル)
作:Séverine Laliberté(セヴリーヌ・ラリベルテ)、画:Elléa Bird(エレア・バード)、発行:Steinkis
1973年にギリシャで生まれたセヴリーヌは自分の出生の真実を知らなかった。アフガニスタンまでのヒッピー・トレイルの旅を描く自伝的作品。
女性マンガ家による作品を表彰する2021年のアルテミシア賞(Prix Artémisia)協会賞受賞。
■『Deux hivers, un été』(2つの冬と1つの夏)
作:Valérie Villieu(ヴァレリー・ヴィリュー)、画:Antoine Houcke(アントワーヌ・ホッケ)、発行:La Boîte à Bulles
ユダヤ人の少女ウォーリーはまだ生後6か月でポーランドからフランスへ亡命したが、ナチスによってポーランド、フランスが侵略されると子どもだけでアルプスのコランに隠れ住む。
2020年オレンジBD賞
第1回のオレンジBD賞です。
2019年に発行された作品の中からノミネート14作品、最終ノミネート6作品、最優秀賞1作品が選ばれました。
こちらはざ~~~と見ていきます…!
最優秀賞
■『Le château de mon père ; Versailles ressuscité』(父の城:ヴェルサイユ復活)
脚本:Maïté Labat(マイテ・ラバ)、Jean-Baptiste Véber(ジャン=バティスト・ヴェベール)、絵コンテ:Stéphane Lemardelé(ステファン・ルマルデル)、画:Alexis Vitrebert(アレクシス・ヴィトレベール)、原案:Maïté Labat(マイテ・ラバ)、発行:La Boîte à Bulles
19世紀のヴェルサイユ宮殿の修復にかける人間ドラマ。
最終ノミネート5作品
■『Dans la tête de Sherlock Holmes t.1 : l'affaire du ticket scandaleux』(シャーロック・ホームズの頭の中 1巻:スキャンダラスなチケット事件)
作:Cyril Liéron(シリル・リエロン)、画:Benoit Dahan(ブノア・ダーアン)、発行:Ankama
2020年アングレーム国際漫画祭SNCFミステリー賞受賞。Fnac France InterBD賞ノミネート。
みんな大好きシャーロック・ホームズものなのだが、コマ割りがスゴイ。
英語版『Inside the Mind of Sherlock Holmes』も出ています…!
■『Saison des roses』(薔薇の季節)
作:CHLOÉ WARY、発行:Editions Flblb
2020年アングレーム国際漫画祭フランステレビ視聴者賞受賞。
女子サッカーマンガ!
■『Aiôn』(アイオン)
作:Ludovic Rio(ルドヴィク・リオ)、発行:Dargaud
銀河を旅するレクシーは小さな惑星アイオンから遭難メッセージを受信する。マチュー・バブレ、フレデリック・ペータースのあとを継ぐ本格SF。
英語版『Aion』も出ています。
■『Priscilla ; on choisit pas sa famille』(プリシラ:家族は選べない)
作:Laetitia Coryn(レティシア・コリン)、発行:Glénat
今はなき伝説的なギャグマンガ誌« GlénAAARG! »の創設者Pierrick Starskyによる新作家によるコレクションのひとつ。7歳のプリシラと家族による辛辣なギャグマンガ。
■『Le nouveau président』(新しい大統領)
作:Yann Rambaud(ヤン・ランボー)、発行:Delcourt
大統領に立候補したい人は必見! エマニュエル・マクロン大統領のそっくりさんによる政治マンガ。
~*~
ということで「オレンジBD賞」の選出作品をざく~~と見てきました。
個人的には、読んで面白かったジム・ビショップ『Lettres perdues』が2022年最優秀賞に輝いていたり、ずっと気になっていたヨリス・マーテンスの2作品がノミネートされていたりと、知っている作品、作家が選ばれているのがとても嬉しかったです。
加えて、Youtubeライブでもかなり強調して話してしまった、『Zaza Bizar』『Les oiseaux ne se retournent pas』のナディア・ナクルさんというこれまで知らなかった作家を知ることができたのも大きな収穫です。
興味深いところでいうと今回ご紹介した24作品の出版社。
Delcourt、Rue de Sèvres、Glénat、Dargaudといったよく聞くバンド・デシネ出版社に加えて、最多の4作品が「La Boîte à Bulles」という出版社から出ています。
この出版社のことは初めて知ったのですが、若手の新人作家にチャンスを与えることを目的に2003年に設立されたとのこと。
こういう出版社もあるんですね。新たなマンガ出版社を知ることができました…!
さてみなさんはいかがでしたでしょうか?
少しでも気になる作品がありましたら幸いです!
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