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美しさ、優しさ、尊さが贅沢に描かれた映画『PERFECT DAYS』

予告編を観て、一目惚れする映画が1年に1本くらいある。2023年はこの『PERFECT DAYS』

トイレの清掃員として働く平山(役所広司)の静かで淡々と過ぎる日々をドキュメンタリー調で描く本作。

「サッ、サッ」と近所の道を、竹ぼうきの掃く音で平山は目覚める。
起きたら、まずは布団をたたみ、歯を磨く。その後はお手製のプランターにいれた観葉植物たちに霧吹きで丁寧に水をあげる。

家を出るさい、玄関の所定の位置に揃えられた財布やキーケースなどを確かめるように、ポケットに入れ1日が始まる。

扉をあけると、まだ薄暗くぼんやりした空を見上げ少しばかり微笑む。まるで、朝がまた訪れてくれたことに対して、心の中で感謝の意を唱えるように。

家の前に設置されている自動販売機で缶コーヒーを買い車に乗り込む。エンジンをかけると同時に、職場である渋谷の公衆トイレまでの道のりでかけるBGMを缶コーヒーを流し込みながら選ぶ。

平山の車は古いため、恐らくカセットテープしか聞けない。Spotifyを実店舗と勘違いするくらいだから、サブスクリプションなども知るはずもなく。

私自身、年齢が現在33歳でカセットテープは「見たことあるけど触れたことはない」CD・MD世代。

今となっては、サブスクリプションやYouTubeで好きなときに好きな曲を聞けてしまう。

面倒ではあったが、パソコンやCDコンポで曲を入れ込む作業が好きだった。あの世界に1枚しかないオリジナルのアルバムを作っているような感覚。
今では味わえない不思議な高揚感があった。

現代は便利になりすぎている。
それはもちろんありがたいことだが、手間をかけることによる思い入れを感じる機会がめっぽう減った。

平山は職場につくと黙々と清掃の作業をこなす。その姿が、また神々しいのである。

正直、誰に褒められるわけでもなく称賛もされない。それでも、平山は自分のなかにある小さなプライドを胸に仕事に励む。

仕事が夕方くらいに終わり家路につく。
家の近くにある銭湯に一番風呂で入り、自転車に乗り自宅がある押上~浅草へと向かう。

百貨店の松屋の近くに自転車を停め、地下へと足を進める。

雑多な店が立ち並ぶなかにある大衆居酒屋。店の亭主が「おかえり~」と出迎え、焼酎といつものおつまみを持ってきてくれる。それにたいし平山も軽い笑みで応える。

夜は部屋の電気を消しスタンドライトの明かりをたよりに、古本屋で購入した文庫を読み、瞼が重たくなると眠りにつく。

幸せとは?

お金持ちになりたい
人気者になりたい
家庭を築きたいと

これは十人十色である。

平山の年齢は恐らく50~60代。
仕事はトイレの清掃員で古びたアパート住まい。

楽しみは木漏れ日の写真を撮る事と読書。
たまにの贅沢で休日にいきつけの小料理屋で酒を嗜む。

人によっては「こんな生活の何が楽しいの?ひもじくない?」
と思う人もいるでしょう。でも、平山はとても幸せそうに見える。

誰かに強いられたわけではなく、平山自らが選択して慎ましい生活を送っている。

古代中国の思想家、老子が「足るを知る」という言葉を残したが、平山はまさにこれを体現しているように思える。

日常は地続き
同じことの繰り返し

でも、そんな日々が美しく尊いものと感じられる作品であった。


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