掟
■通常の更新はお休みです
昨日から風邪をひいてしまい、発熱のため小説を考えることができませんでした。
かといって何も更新しないのでは、と思いまして、以前X(旧Twitter)にアップしていた140字小説をかさましして、アレンジしたものを掲載して、更新に代えさせていただきたいと思います。
熱で思考力がなくなる前に、早速本題に。
■本編
街が世界のすべてだと、私は思っていた。
なぜなら、街は高い壁に囲まれ、その外に人が出ることは許されていないからだ。
人が外に出るとき、それは街の中で重い罪を犯し、街から追放されるときだけだった。だから私たちは、街を追放されることは即ち死なのだと、思い込んでいた。
私は友人に騙され、破綻する事業に手を貸して巨額の借金を負っただけでなく、違法な高利貸しからも金を借りたことで、生活が破綻してしまった。子どもは学校で苛められるようになり、妻は近所から後ろ指を指されるようになった。私の職場にも、子どもの学校にも、自宅にも、平気で高利貸しは訪れて私の家族を恫喝していくのだった。
一番上の長女が自宅で首を吊ったことで、私は自分の人生を諦め、家族を守るために己の身を犠牲にしてでも戦わなければならないと、遅まきながらに決意をしたのだった。
私は街の大学で工学を専攻していた。そのときの知識を基に爆弾を作り上げ、高利貸しの事務所に爆弾を持って乗り込んだ。手榴弾に近い構造の爆弾だ。私は事務所の奥まで幾つも爆弾を投げ込むと、そこから逃れ出た。
爆弾は炸裂し、高利貸しの事務所に出社していた十五人が死んだ。運よく、私の担当だった男もその爆弾で死んでくれたので、私は留飲を下げることができ、警察に自首した。
刑事は私の供述調書を取り終えた後で、「十五人は殺しすぎたな」と苦り切った顔で言った。同席していた若い刑事も、同情心をありありと顔に表しながら、「追放刑ですかね」と気の毒そうに言った。
「まず間違いなくな」と年かさの刑事は頷いて、調書を手に部屋を出て行った。若い刑事が「死ぬと決まった死刑よりは、いいかもしれないっすよ」と慰めるように言った。
留置場に送られた私は、その後裁判を経ることなく、「追放刑」が決定し、即座に街外れにある門の前まで連れて行かれた。
神父が私に向かって説法をしていたが、私の頭には何一つとして入ってこなかった。街の外には地獄絵図のような世界が広がっていると信じていたし、十五人を殺した私にはそれが相応しいとも思っていたから、神に救いを求めようとは思わなかったのだ。
心残りは家族の動向だけだった。逮捕されてから、刑事に家族のことを教えてほしいと頼み込んでも、ついぞ彼らは私の家族のことについて口にすることはなかった。
門が開き、私は手錠と足かせを外され、制服姿の刑務官に背中を突き飛ばされる。一度振り返り、巌のような顔をした中年の刑務官の顔をじっと見つめ、門の外に向かって歩き出し、門をくぐった瞬間、私の後ろの扉は閉まった。そして、再び開くことはなかった。
門の外には広大な自然が広がっていた。私が想像したような地獄はそこになく、広い原野に、遠くには青い山脈が見え、広い森がその麓に広がっていた。舗装された道などはなく、人の手がついていない、真の自然がそこにはあった。
私は彷徨しながら、まず森の方を目指した。
木々があれば果実がある可能性が高く、森なら野生の生物も多く生息しているかもしれないと思ったからだ。途中で穂先になりそうな石を拾い、しなやかで丈夫な木の枝を見つけると、自分の靴ひもを解いて括りつけ、即席の石槍を作った。
読み通り、森の中には果実が多く実っており、私はその実と、兎などの小型獣を石槍で突いて捕らえ、原始のやり方で火をなんとか熾すと、焼いて肉を食べた。
そんな生活を続けるうち、森の奥から、私の街のような、巨大な白い壁が伸びているのが見えた。北の方が山脈だから、ちょうど北北東の方角にそれはあった。壁はどこまでも広がっているように見え、私の街よりも大きいのではと思った。
世界のすべてであった街は人々の居住形式の一つでしかなく、街は世界にいくつも存在しているのではないか。そう思うと、罪を犯した私でも新しい街なら生まれ変わるように別の人間になって生きていけるような希望が湧いてきた。
私は石を研磨して作った石包丁でひげをそり、髪を切って川で身を清めると、街の人間に警戒されないよう石槍は折って短い懐剣にして懐にしまい、白い壁へ向けて、北北東に歩き始めた。
山岳地帯であったこともあり、道のりは平たんではなく、険しく、また天候も急変しやすいため不意の雨に打たれたりと困難だったが、三日の行程を経て、私は白い壁の麓に辿り着くことができた。
そこには大きな門があるのは私の街の門と同じだが、門の隣に何かを入力したり操作するようなディスプレイがあるのと、その前に白銀の甲冑姿の門番が立っていることが大きな違いだった。
私はおずおずと近づき、「あのう、中に入れるでしょうか」と門番に訊ねると、彼はぎょろりとした目をさらに剥いて私を睨むように見つめ、感情を押し殺した静かな声で「IDカードを提示せよ」と答えた。
IDカードなど持っているはずがない。前の街でもなかったのだから。私は門番の掲げていた鋼鉄の槍を見て、それで突き殺される様を想像してぶるっと震えた。
「IDカードがないと入れないのでしょうか」
不安に思いながら門番に訊ねると、彼は再び「IDカードを提示せよ」と繰り返した。
何か情報のとっかかりでもないかと質問を繰り返したが、門番は同じことしか言わなかった。まるでそれしか言葉を知らないかのように。
私は情報が得られないと悟ると、門番から離れ、木立に寄り掛かるように座って門番を眺めて考えた。
IDカードを入手すること。それが一番の解決策だ。だとしたらどうすればいい。たまたまIDカードを持った人間がここを通るまで待つか。いや、そんんな機会がある保証はない。ならば。目の前にいる、確実にIDカードを持つ人間からいただいてしまうのが一番いい。
門番はちらちらと私の方を気にしていた。私は門番のタイムスケジュールを把握したくて丸一日観察していたのだが、人員の交代などはなく、ずっと同じ人物が門の前に立ち続けていた。怪訝には思ったものの、好機だと考えた私は彼が眠るまで待った。そしてその瞬間はほどなくして訪れた。
門番は槍を護符のように霊験あらたかに抱えて座ると、ぐうぐうといびきをかきはじめた。
私は近寄って行って、懐から石槍だった懐剣を引き抜き、甲冑の隙間である首筋にそれを突き立て、門番を殺した。
そして甲冑を脱がせ、彼の衣服の中もすべて検めたが、持ち物の中にIDカードはなかった。私は当てが外れて途方にくれたが、門番をそのままにしておくわけにもいかない、と彼を引きずって林の中まで連れて行き、穴を掘って埋めた。
さて、どうするかと思案した私は、妙案を思いついた。
門番がIDカードの提示を求めるということは、この街にとっては外に出ることは一般的なことであり、待っていればIDカードの持ち主が現れる公算も高いのではないか。
さりとて、私が待ち受けていれば怪しまれるのは必然なわけであるが、もし私が門番の姿をしていればどうであろう。門番の顔など細かく覚えている者もおるまい。幸い門番と私は背が同じくらいであるから、甲冑姿も不自然でない。
そう考えて、私は甲冑を纏い、鋼鉄の槍を持って、あたかも初めから私が門番であったかのような顔で門の前に立った。
そうして十時間ほどが経った頃、天啓とでも言おうか、一人の旅人風の男が森を越えてやってきた。
もじゃもじゃの頭で、無精ひげの目立つ男だった。疲労していたが、目には猛禽類を思わせる鋭さがあり、暗い光を放っていた。その、鹿革のマントを被り、大きなリュックサックを提げた男が、私の前に立った。
私は胸を張り、声に威厳を満たして、しかし静かに告げた。
「IDカードを提示せよ」と。
〈了〉
■あとがき
風邪で頭がぼーっとしているので、アレンジするのでも一苦労でした。変なところとかなかったかなと心配ですが、とりあえず今日中にアップできて安心です。
寒暖差が激しいので、みなさんも体調管理にはくれぐれもお気を付けくださいね。
■サイトマップは下リンクより
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?