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書評講座 Vol. 2

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課題書: 1)『掃除婦のための手引き書』- アメリカ、ルシア・ベルリン著、岸本佐知子訳、講談社、2)『ハムネット』- イギリス、マギー・オファーレル著、小竹由美子訳、新潮社
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『ハムネット』マギー・オファーレル著 小竹由美子訳 <田園に生きるひとの苦悩と恢復>

 史実その一。十八歳で八歳上の女性を身ごもらせ結婚した後に、ロンドンで劇作家として名を馳せるまでのウィリアム・シェイクスピアに関する記録はそれほどなく、「失われた年月」と呼ばれている。  史実その二。彼の息子、ハムネット・シェイクスピアは十一歳で他界した。死因は定かではない。その四年後にシェイクスピアは『ハムレット』を書く。  史実その三。当時流行していた黒死病(ペスト)あるいは疫病という言葉にさえ、シェイクスピアは戯曲でも詩でも一度たりとも言及していない。  作者マギー・

【書評】心を調律する音叉のような声『掃除婦のための手引き書』ルシア・ベルリン著|岸本佐知子訳

本が好きで物語が好きで言葉が好きで、だから曲がりなりにも文章にかかわる仕事をしているのだけれど、たとえば好きな人に長い間ウソをつかれていたことを知ってしまったとか、一緒にくらす猫の病気に気がつけなかったとか、だれかが怒鳴られているのをずっと聞いていなくてはならなかったとか、突然の暴力にさらされたとか、何気ない一言で人を傷つけてしまったとか、だれにも言えない秘密ができてしまったとか、そういうことが積み重なって心が摩耗してしまうと、たとえずっと読みたかった本を手にとりページをめく

洗剤や消毒の匂いが漂う『掃除婦のための手引き書』

第2回目の書評講座は4月中旬だったのですが、ようやく書き直しをここに掲載することができました。「書き直し」、講評と合評で心に残ったコメントと意図、そして「修正前」の順番で載せます。 書き直しバージョン  本書を手に取る人はきっと『掃除婦のための手引き書』という不思議な題に興味を惹かれるだろう。ところが、表紙の写真は掃除婦らしからぬ美しい女性。小粋に煙草を指に挟んだまま、微笑を浮かべて遠くを見つめる目は達観し、何事も見逃さないような印象を与える。この女性が著者のルシア・ベル

アンではなくアグネスとしてー『ハムネット』書評

第二回翻訳者向け書評講座に参加しました。 です・ます調で書いてみたのは、自分の書く文章がいつも似通ってしまうのが気になっていて、ちょっと変わった感じにしてみたいなと思っていたからです。 前回の、講師の豊崎由美さんの「です・ますで書いてみるのもおもしろいですよ」という言葉がずっと頭に残っていて、それでやってみよう!ということになりました。 なので、です・ます調にした以外にも、自分では普段使わないような言葉を入れてみたり、語り掛けるようにしてみたりしました。 もっと砕けた印象にし

「ハムネット」書評

豊崎由美さんを講師にお迎えした書評講座第二回に参加しました。2つの課題図書のうち、こちらは「ハムネット(マギー・オファーレル著、小竹由美子訳、新潮社)」のために書いたものです。もう一冊の「掃除婦のための手引き書」の書評もこちらに載せておきます。 以下、まず、講評後に手直ししたものを載せ、その下に講評前のものといただいたコメントを載せておきます。 講評後バージョン  本書はアン・ハサウェイとその家族についての史実に基づくフィクションである。といっても目鼻口の大きなハリウッ

「掃除婦のための手引き書」 書評 

豊崎由美さんを講師にお迎えした書評講座第二回に参加しました。2つの課題図書のうち、こちらは「掃除婦のための手引き書(ルシア・ベルリン著 岸本佐知子訳 講談社)」のために書いたものです。もう一冊の「ハムネット」の書評もこちらに載せておきます。 以下、まず、講評後に手直ししたものを載せ、その下に講評前のものといただいたコメントを載せておきます。 講評後バージョン  後悔の無い人生を送れる人が果たしてどれだけいるだろう。あの時ああしていたら、ああ言っていれば、言わなければ、行