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ザ・フォーミュラ 科学が解き明かした成功の普遍的法則

 東大にTMI、技術経営戦略学専攻という松尾研も所属する学科がある。そこの卒業生は外資コンサルや投資銀行、起業家などが多く、要するに東大でもトップティア人材が多い(とされる)のだが、本書はそこの教授がおすすめしている本らしい。

著者はノースイースタン大学で複雑ネットワーク研究を行う学者であり、本書は学術論文ほどの厳密性はないにせよちまたの自己啓発本に比べて科学的アプローチを採っているというのが売りである。確かに本書は実証的であり規範的でないので、自己啓発として読むと「で結局何をすればいいの?」と感じてしまうかもしれない。

本書で紹介される成功の5つの法則

本書ではまず5つの法則が提示される。ただし自己啓発本と違ってこの5つを守るべしとかではなく、成功は常にこの5法則に従っているということしかいってないので注意。

1. パフォーマンスが成功を促す。パフォーマンスが測定できない時には、ネットワークが成功を促す。
2. パフォーマンスには上限があるが、成功には上限がない。
3. 過去の成功×適応度=将来の成功
4. チームの成功にはバランスと多様性が不可欠だが、功績が認められるのは1人だけだ
5. 不屈の精神があれば、成功はいつでもやってくる。
重要なのは、万有引力の法則や運動の法則を書き換えられないのと同様に、個人のニーズや信念(たとえどれほど正しいか強く信じていても)に合わせて、「成功の法則」を書き換えることはできないという事実だ。

成功は個人のパフォーマンスだけで決まらず最終的には社会的なものである

例として戦時中の空軍パイロット、テニスプレイヤー、芸術家が挙げられている。大戦中、ドイツにレッドバロン(リヒトホーフェン)、フランスにルネ・フォンクという二人の有能なパイロットがいた。レッドバロンは後年ドイツのプロパガンダのために英雄として祭り上げられ、今では世界対戦時のパイロットといえばレッドバロンというくらいの存在になっている。一方、ルネ・フォンクは今では無名に近いパイロットだが、実は当時の戦績的にはルネ・フォンクのほうが堅実な成績を挙げていたという。

要するに同等ないしはパフォーマンスが下回っていても、社会的な評価に差がついたり逆になることはしばしばあるというのだ。

これが顕著なのは芸術の分野で、絵画などは「優れている」という評価そのものが価値になるため、ネットワークによって価値が決まりやすい。逆にスポーツの分野はパフォーマンスが明確・客観的になるため、それがそのまま社会的な評価につながりやすい。

上位争いではパフォーマンスにはそれほど差がない

あるワインの品評会で、審査員に試飲するワインのブランドを伏せたところ、意外な結果が分かったという。試飲するたびに同じワインを飲んでも評価が180度変わり、優劣がはっきりしなかったのだという。これは審査員の能力が低いという話ではなく、品評会に出展されるほどのワインはどれも素晴らしい味(高いパフォーマンス)を持っていることに起因する。

プロスポーツの世界でも100m走だと1位が9.7秒、2位が9.75秒だとしてパフォーマンスには0.5%くらいの差しかない。それもやり直せば結果が変わるような誤差であることが多い。しかし1位の選手と2位の選手では評価は0.5%どころか5倍は違うこともザラだ。ボルトが勝ったオリンピックの銀メダリストを覚えている人は少ない。

ウッズは、並外れたパフォーマンスに対する並外れた報酬を受け取る、経済学者が呼ぶところのスーパースターである。スーパースターが存在するのは、成功には上限がないからだ。ライバルよりもほんの少しなにかをうまくこなすだけで、報酬は簡単に100倍、いや1000倍にも膨れ上がる。経済学者のシャーウィン・ローゼンはスーパースターを、「莫大な額を稼ぎ、その分野の主導権を握る、ごく一部の限られた人たち」と定義する。映画スター、ポップシンガー、著名なCEOや投資家を思い浮かべればわかりやすい。

莫大な報酬を受け取るのにライバルたちにわずかに優れるパフォーマンスを持つのは必要条件だが、逆は真ではない。莫大な報酬を受け取るスーパースターになるには、才能がスケールするものでないとならない。

優先的選択とはなにか

パフォーマンスが社会的な評価を生み、社会的な評価がパフォーマンスを生むもの(高級ブランド品はまさにそれだろう)は、鶏と卵のような関係にある。ニワトリタマゴのジレンマを正のフィードバックループに転換するためにポイントとなるのが、優先的選択という概念である。

amazonで買った商品の使い勝手が悪く、星1個をつけたいと思ったとする。そしてレビューを見ると星5が4つ、星4が1つならんでいる。こういうとき、人はもともとつけたかった星1でなく、星2とか星3をつける傾向にあるという。要するに自分の決定をぼかして集団的な決定に寄せる傾向にある。

成功するためにはこの優先的選択を効果的に用いる必要がある。商品であれば最初の数名による好意的なレビュー、クラウドファンディングなら最初の数名による有力な支援表明があることで、商品の売れ行き、プロジェクトの進捗が加速度的によくなる。

逆に正しい判断をしたいときは優先的選択が発生しないようにするのもポイントである。会議でA案かB案かを決める際、はじめに口火を切った人間がA案を評価したらA案に優先的選択のモーメントが働く。意思決定が独立するように、挙手や合議でなくメールなどで他人の意思決定が隠れている方が好ましい。

集団で成功を達成しても栄誉を得られるのは一部

例えばamazonを考えてみるとよいかもしれない。amazonは世界的に成功し、コマースでもITでも社会インフラ化している企業である。比較としてジャパネットたかたで考えてみるが、ジャパネットたかたも日本の高齢者を中心にデジカメ等のコマースの一部を担う、重要な企業である。しかし売上的にも実質的にもジャパネットたかたの成功を1としたら、amazonは1,000を超えているだろう。

ところがamazonの成功者として頭に浮かぶのはジェフ・ベゾスくらいだ(それもITや経営に詳しい人だけで、日本人の大多数は知らないかもしれない)。ジャパネットたかたの高田社長は日本人の多くが知っている。日本においてベゾスよりも高田社長のほうが知名度は上かもしれない。

要するに集団として1,000倍の成功を果たしたとして1,000人の成功者が生まれるのではなく、1人の成功者の成功度合いが1,000倍になるだけだ。個人として栄誉を手にするには、名もないチームメンバーや裏方として生きることを拒み、不屈の精神で自分の功績を売り出す必要がある。

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※ 成功者のマインド

組織において、自分の評価が低い、貢献度と人事評価が一致してないなどの不満がよく聞こえるが、残念ながら構造的に評価されない立ち位置の人は発生してしまう。

アインシュタインが科学者として成功した理由

本書ではアインシュタインの成功裏話が紹介されている。アインシュタインが人類を代表する天才として評価されるきっかけとなったのは、アインシュタインがアメリカ初上陸を果たした際のエピソードにあるという。

アインシュタインは当時アメリカでの知名度も低く、相対性理論も人々に認知されていなかった。しかし船で来訪した際、2万人近い市民が彼を出迎えた。その熱狂に新聞記者たちは驚き、アインシュタインが稀代の天才物理学者であることを知った。インタビューすると話が面白く、示唆に富んでいる。要するに格好の新聞ネタであった。

そこでワシントン・ポストやニューヨーク・タイムズが「アインシュタイン博士が訪米 市民の多くが出迎える」と報じた。こうしてアインシュタインはまたたく間に市民に認知されたのだという。

ところがこのエピソードには裏話があり、当初船で来訪した際に出迎えた2万人近い市民というのは、アインシュタインを待っていたのではなくシオニストの一団を出迎えたユダヤ人だった。アインシュタインの物理学者としての功績など知る由もなかった。

世界にはなんだかんだ天才がそれなりに多くいるが、アインシュタインが一握りの天才の地位を得たのは誤解・偶然によるものだったのである。

結論

本書は結局、成功者の共通点やパフォーマンスと評価の関係、最終的には偶然性が多分に関係することを論じ終わっている。成功の原則を知ることで成功に近づく(成功しない行動を避けることができる)が、成功する保証までは提供しない。その点では誠実な本だが、努力や貢献が社会的成功に必ず結びつく保証がないとか、運も重要とか、そういう結論なので救いなく感じる人もいるかもしれない。

例えばベンチャー業界ではバリュエーションだけ高く実態が伴っていない会社、ネームバリューだけ先行して実績が曖昧な人物がそれなりにいるが、彼らもパフォーマンスだけでなく社会的ネットワークをうまく活用しているわけである。まぁその成功が持続的かどうかは別だが。


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