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2人暮らし

苦い味がした。
あなたが私の名前を呼んで、果てるときは必ず苦い味がした。
「服なんか着なくていいじゃん、その方があったかいよ」
って君が言うから、私はいつもそれに従った。
そうなのかも知れないと思った。
私が朝寝坊して起きる時は、君は仕事に行くねと優しくキスをして扉を閉めた。
預けてくれた鍵は、唯一の縋り付く理由で、あなたが私に託すから、私は素直に受け取った。
気づけば、慣れに徹した自分をふとした時に感じて、静かに律した。
彼に出会う前は、刺激だけが毎日を照らしてた。
彼に会ってから、惚れて一緒にいるようになってから、安泰な毎日だけを願った。
ニュートラルな生活を忘れていた。
彼のただいまといってきますが、私の生きる全てな気がした。
出かけたら必ずここに帰ってくる。
確信のない信頼だけが2人を繋いだ。

あの日は、帰りが遅い彼を、ネットフリックスを見ながら待った。
「ただいま」
心地よい声が私の耳を震わせる。
彼の顔を見てから私は喉の奥で苦さを感じた。
いつもと同じ私の大好きな高い鼻が、光を浴びて私を誘った。
優しく首筋を辿って、触れた。
流れるような鎖骨が、私は大好きだった。
やがて離れる鼓動を感じた。
泣きたかったけど、泣かずにいたのも、彼のお陰だったのかも知れない。
だって、手を握っていたから。
強くもなく、優しくもなく、私の手を握っていたから。
どうして言わないのよ、好きも愛してるも、どうして言わないのよ。
明日私はこの部屋をでていく。
愛のないがらんどうな部屋なんて、私たちらしくないじゃない。
彼の手を強く、強く握り返して、おやすみとつげた。

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