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百八の煩悩の中身と除夜の意味

 数年前から、除夜の鐘を撞きに菩提寺へ行っている。境内では焚き火や篝火が焚かれ、鐘を撞きに訪れる人たちに甘酒がふるまわれる。
 順番が来ると賽銭をあげ、一回だけ鐘を撞く。賽銭を奮発しようが煩悩がたくさんあろうが一回しか撞けない。
 一人が一回しか撞けないが、撞く人数が多いために、全員が撞き終えると数百回の鐘が鳴ることになる。

 煩悩まみれで凡人の私は、いっそのこと「煩人」と表記したほうがいいのではないかと思っているが、ふと、煩悩とはなんだろうと疑問が浮かんだ。字からわかるように、なんとなく良くないものであろうことはわかる。
 念のため調べてみたら、欲や執着、悲しみや怒り、嫉妬や羨望など、心の汚れや歪みのことを言うらしい。
 人間にはその煩悩が百八あり、それを除夜の鐘で断ち切ったり払ったりするのだという。

 ところで、百八の煩悩の中身はなんだろう。たぶん、百八というのは、たくさんあることを例えただけで、ほんとうに百八あるわけではないだろう。そう思っていたのだが、じつはちゃんと意味があることがわかった。ただし、諸説あるらしく、きっちりと「これが正しい」などと言いきれるものはなさそうだ。

 そこで、調べたことを私なりに足したり引いたりしてまとめてみた。少々ややこしいので、お茶でも飲みながらじっくりお読みいただきたい。

1. まず、人間には「六根」と呼ばれる、外部からの情報を受け入れるためのセンサーが備わっている。眼、耳、鼻、舌、身、意の六つだ。それらはそれぞれ色(形)、声、香、味、触、法を扱うことに従事している。
2. 「六根」が受け入れたそれぞれの情報は、「三不同」と呼ばれる「好」「平」「悪」の三種類に分けられる。一根が三種類に分けられるから、六根で十八種類となる。
3. 十八種類に細分化された情報は、さらにそれぞれ「染」と「浄」の「二種」に分けられ、十八掛ける二で三十六となる。
4. 三十六にまで細かくされた当初の情報は、さらに「三世」と称する「過去」「現世」「未来」に分けられる。つまり、三十六に「三世」の三が掛けられて百八になるというわけだ。

 わかるようなわからないような、妙な感じなので例示してみよう。
 例えば、私が歳末セールで賑わう商店街を歩いていたとする。すると、若い女性が前を歩いている。私は女性の後ろ姿に目(眼)を奪われる。この段階で「眼」が「色(形)」を捕捉したことになる。
 そして、右に左にリズミカルに揺れる尻を見つめながら下品な妄想をして「悪」の評価を得る。その「悪」がさらに下層の「染」に分類され、「染」は最後に「現世」の烙印を捺される。
 これで立派な煩悩の誕生、ということになる。

 ここで注意しなければならないのは、百八というのは分類の数であって、個別の言動や妄想を数えたものではないということだ。
 いまの例えで言えば「眼→悪→染→現世」というふうに分けられた組み合わせで一つの分類になる。その分類を、たくさんある引き出しのひとつと考えればわかりやすい。
 そして、尻に目を奪われた挙動自体は一個の煩悩と数えるわけではなく、引き出しのなかに入っているもののひとつと考えられる。

 さらに詳しく説明すると、尻子さんの尻を見て「眼→悪→染→現世」と分類されても、別人である尻美さんの尻を見たときは「眼→平→浄→過去」に分類されたとすれば、似たような煩悩であっても二つとしてカウントされることになる。
 したがって、十人の尻を見たとしても、分類(引き出し)が同じであれば煩悩は一つと数えられ、分類が異なれば三つにも七つにもなる。煩悩の数は個別の言動や思考ではなく、それらを入れた引き出しの数なのだ。
 この解釈で間違いないと思うが、万が一間違っていたらごめんなさい。

 さて、次に除夜。除夜とはなんなのだ。改めて除夜と聞けば「はて? そういえばなんで除夜?」と思う。手もとの辞書では「一年の最後の晩」「一年の最終日の夜」「大晦日の夜」などと出ている。
 「除」は読んでそのまま「除く」という意味を持つ。これが発展して「古いものを除去する」や「邪気を払う」なども意味することになる。
 それに「夜」がくっついて「除夜」となると、一年間の終わりを意味する「除日の夜」という意味になり、大晦日の夜を表す。回りくどい割りにはたいしたことを言っていない。

 歴史をたどると、中国、南朝四王朝の一つ宋の時代、禅宗の寺で大晦日の夜に梵鐘を撞く習慣があった。この習慣は、年の変わり目に、鬼門である北東方向から来る邪気を払うためのものだ。これが渡来し、鎌倉時代に禅宗の寺で広く行なわれるようになった、ということのようだ。

 なんだか、わかったようなわからないような変な感じだが、この一年を振り返って、自分にどんな煩悩があったかに思いをいたらせながら締めくくってはいかがでしょう。

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