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ハエさん、絶滅お願いしますよ

 世の中には絶滅が危ぶまれる悲運な生き物も少なくないというのに、ハエやカなどはそんなことはどこ吹く風で世にはばかっている。
 絶滅危惧種のなかには、人間による乱獲、環境の悪化やそれによる棲息域の減少ほか、もともとの個体数の少なさや、生命力や繁殖力そのものの弱さが原因になっているものもいる。
 ところが、ハエにとっては幸い、人間にとっては不幸なことに、ハエにはそういったことがまったくあてはまらない。人間の生活環境が衛生的になるに連れて数は減っているようだが、絶滅などは到底ありそうもない。

 ハエは衛生昆虫学で「環境衛生害虫」とされているほどの、いわく付きの悪者だ。なんの役にも立たないどころか害をもたらすだけだから、一部の絶滅危惧種のように、何かに利用する目的で捕獲されて数が減るなどということは天地が逆さまになってもありえない。
 しかも、生命力が強いうえに環境適応能力も高いから、空気や水が汚れようが、気象が変調をきたそうが平気の平左。
 それどころか、抗生物質が効かないウイルスが出現するのと同じように、殺虫剤に屈しない新種が発生するおそれだってあるかもしれない。

 動きが早いから、捕まえることはもちろん蝿たたきで叩くのも困難。隠れ場所がわからないから敵陣突入もできず、どこにでも餌があるから兵糧攻めも無理。人家にはハエの天敵がいないからいっそう安泰など、ハエの強みはいくつもある。
 そして本題。なかでも最大の強さは、圧倒的な繁殖力と世代交代の早さにあると私は思っている。

 人家に居候するイエバエは、一回の産卵で50個から150個の卵を産む。卵は一日もかからずに孵化してウジになり、その後11日から12日で成虫となる。そしてその5日後、雌は産卵を始める、というサイクルを繰り返す。
 例えば、7月1日に蠅子ちゃんという雌のハエが生まれたとする。彼女はその月の12日頃には妙齢の乙女に成長する。
 そして、たちまち蠅太郎さんというイケメンの青年とめでたく結ばれ、17日頃には100個の卵を産む。卵はその日か翌日には孵化する。
 蠅子さんの子供たちの半分、50匹が雌だとする。50匹の愛娘たちは7月の月末頃にはおとなになり、8月4日か5日頃、それぞれ100個、姉妹合計で5,000個の卵を産む。つまり、蠅子さんの誕生からわずか一か月余りで5,000匹の孫が誕生することになるのだ。

 以後はこの繰り返し。5,000匹の孫のうち、これまた半分が雌なら、8月の下旬に入った頃には曾孫が一挙に25万匹、というぐあいに続く。
 次の世代では1,250万匹だ。鼠算で名をあげたネズミも顔面蒼白になるほどの、旺盛なハエの繁殖力である。
 実際にはこんな計算通りにはいかないが、とにかくこんな調子だから、蠅たたきで10匹や20匹をたたき潰し、ざまあみろなどと言って喜んでいるくらいでは、ハエ一族に痛手をあたえることはできない。

 ハエに限ったことではないが、数の多さと世代交代の早さは、種を存続させるための、単純かつ最大最強の能力といえるのではないか。
 というわけで、いくらハエの絶滅を願っても夢のまた夢。たとえ人類が滅亡しようとも、ハエはのうのうと生き続けるに違いない。
 もう、絶滅の願いなどあきらめて、「うちではハエをペットにして、放し飼いにしてるんですよ」などと開き直るのがいいかもしれない。

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