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初めてのヤマビル

 この投稿でまず思いついたタイトルは「ヤマビルにたかられた」だった。記事の内容をストレートに表現していてじつにシンプルだし、そこそこにインパクトもある。読み手の興味を惹くには悪くない、と思った。
 ところが、考えようによってはおもしろみがないと気づいた。「ヤマビルにたかられた」とか、「ヤマビルに血を吸われた」とかもいいけど、ちょっと気持ちが悪い。関心を持ってもらえさえすればいいというものではないな、などという殊勝な思いにいたった。

 そして思いついたのが「初めてのヤマビル」だ。インパクトは弱めになるが、ちょっとマイルドな感じでいいではないか。
 「初めての〇〇」というのはけっこうある。「初めてのランドセル」「初めての浮気」「初めての遊園地」「初めての失恋」。おお、なかなかいいじゃないか。この乗りで「初めてのヤマビル」。
 笑いが漏れてしまいそうだが、まあ、読み手の皆さんの不快感が多少なりとも薄まるならと、実験的にやってみた。

 「怖いもの見たさ」というように、嫌だと思いながらも見てみたいという、おかしな心理がある。ヤマビルの話なんて読みたくない、でも気になる、という好奇心、いや、研究心が旺盛な方のために、内容もマイルドにした。
 ところで、タイトルはほかにも「ヤマビルといっしょ」「ヤマビルとの出合い」なども思いついたが、そこまでになるといつものおふざけになってしまうので却下した。

 さて本題。私は今夏の某日、里山の麓で刈り払い機を使って作業をした。帰宅して、シャワーを浴びるために浴室へ行った。ふと、足に目をやると、左足のすねに黒い小さなものがくっついていた。嫌な予感がしたので手で払い落とした。
 風呂場の床に落ちたそいつをよく見るとヤマビルだった。体長は2センチほどと思えた。ちなみに、1円硬貨の直径はちょうど2センチだ。

 私はそいつを紙の上に乗せて庭へ持っていった。そいつは地面に落とされた後、ちょっと見ただけではどっちが口でどっちが尻なのかわからないが、とにかくミーアキャットのようなかっこうで立ちあがり、少し体を振ってから、こんどはシャクトリムシの動作に似たかっこうで移動を始めた。ヤマビルが活動するときには体が不気味に伸びたり縮んだりする。
 暑かったからか、あるいは直射日光を嫌ってか、どこかへ逃げるかのように慌ただしく移動していた。

 私はキッチンから持ってきていた食塩を指で多めにつまみ、おもむろにそいつの上にかけた。そのとたん、動きを止めた。もだえるなどということはなかった。
 ヒルの体はナメクジと同じだ。皮膚などはなくていきなり粘膜だから、浸透圧の作用で水分が食塩に移動する。
 横道にそれるが、私はプロフィール欄でナメクジと塩分の摂りすぎという小ネタを紹介している。このヤマビルも同じで、塩分の取り過ぎで死んだわけではない(ある意味、そうとも言えるけど)。だから、砂糖をかけても同じ結果になる。

 ところで、ヤマビルが血を吸っていた痕からは、その後数時間にわたり、ゆっくりと血が出ていてなかなか止まらなかった(出る血の量はきわめて微量)。これはヒルジンと呼ばれる物質のせいで、ヤマビルが人の皮膚に吸いついた(食いついた)とき、人体に入ってしまう。
 これのせいで血が止まりにくくなり、痛いとか痒いとかの痛覚も無力化される。だから、血を吸われているのにまったく気づかない。

 ヤマビルは陸棲のヒルの一種で、日本では陸棲の吸血性ヒルとしては唯一だそうだが、そんなものは唯一などではなく、一つもいないほうがいい。
 私のすねにヤマビルが吸いついた経路を推測すると、まず、体に備わった吸盤で長靴に取り付き、上へ向かう。長靴の縁まで来ると今度は長靴の内側を下りていく。
 そして念願の足に取りつくが、残念なことに靴下を履いているから皮膚に接することができない。ヤマビルとしては腹が立つだろうけど、ぼやいても仕方がないから靴下を這いのぼる。そして、靴下の上端までたどりつくと、長旅の末、お目当ての人肌に到着ということになる。

 ヤマビルは、人間や動物の血を吸う〝衛生害虫〟に分類されている。これがイノシシやらタヌキやら、野生動物にくっついて遠征し、満腹になるとそこで落ちて棲みつく。そして、やがて繁殖という生き方をする。
 現在は全国でも棲息範囲が広がり、いろいろ厄介なことになっているという話も耳にした。絶滅してほしいと思うが、そんなことは不可能。まったく困ったものだ。

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