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中1 母が大学の食堂で覚えたメニュー

私が中学一年生のころ、母は近くにある大学の食堂で働き始めた。

それまで勤めていた建設会社で人員削減のためリストラされてしまったからだ。母のほかに事務をする女性がもう一人いたが、彼女は夫を亡くしてからずっとそこで働いて一人息子を育ててきたので、おのずと母がリストラの対象となった。

しばらくして母は大学の食堂の仕事を見つけてきて、大学生においしい食事を食べてもらうことに喜びを感じていた。元々母は料理が手早く、仕事から帰っても、あっという間に夕食を作っていた。

直径一メールもある大きな鍋で料理をするのが面白い、と母は言っていた。食堂で働き始めてから、我が家のおかずに少しずつ洋風なものが登場するようになった。

その中で、特においしかったのはミートソースだ。
生のトマトから作るのでかなり本格的だ。
しかし、仕込みから煮込みを経て口に入るのに3日もかかった。台所からいい匂いはしてくるのに、なかなか食べられないのはきつかった。犬が美味しい餌を目の前にして「待て」と言われてキューンとなるのと同じ気持ちだ。

いよいよ3日目、朝から食べるのが待ち遠しく私は学校でも、
「今日の夕飯は母の手作りミートソースなの」と言っていた。

「すごーい! 手作りミートソースなんて!」
「3日も煮込んで作るのよ」と、まるで自分が作ったみたいだ。

あんなに待ち遠しかったスパゲッティも、中学生の女子はあっという間にペロリと食べ切り、

「あーおいしかった。また、作ってね」と簡単に言う。

「そのうちね。作るの大変なんだから」と母は言った。

その頃はまだ冷凍庫はなく、料理を冷凍して後日食べるということは出来なかったから、作った時しか食べられなかった。

もう一つ、新しいメニューはトンカツだ。豚ロースのおいしい肉厚のカツ。

それまでも揚げ物は家でも作っていたが、フライよりも天ぷらの方が多かった。それもニンジンや玉ねぎやピーマンなどの野菜がメインだ。天ぷらにすると大量にできるのでよく食卓に上がった。

母は大学で大きな鍋で揚げるように、家でも一番大きな鍋に油をたっぷり入れて揚げた。トンカツは肉の厚みが二センチもあり、大人の手の平ほどの豚肉に卵液をつけ、パン粉をつけて、時間をかけてゆっくり揚げる。   

家じゅうにトンカツのいい匂いが広がる。

4人分を揚げるには時間がかかるので母は、
「熱いうちに食べて」と言って、揚がったばかりのトンカツをザクザクと切ってお皿にのせてくれる。

「フー・・ア・・アッツー・・ハフ・ハフ・・・おいしいー」

育ち盛りの中学生には最高のごちそうだった。
大学生のお墨付きだから、おいしいはずだ。

この新しいメニューはすっかり母の得意料理となり、人が集まった時のごちそうはトンカツになった。

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