第3話 sky :エンジェルスクール・オンライン 週刊少年マガジン原作大賞 連載部門
ほとんど時間がたたないうちに、ヘリコプターの音が聞こえ、大人たちが、続々と天使のところにやってくる。そして大量の道具が彼女の周囲に広げられる。彼女は痛み止めの薬を与えられ、ぼんやりとしはじめていくなかで、すぐさま治療が行われていく。傷を縫合するためなのか、わずかに針もみえた。彼らは頭につけた医療用スコープごしに、この極限環境で手術をこなしていった。
すこしすると、周囲の医者たちがへたりこむ私の肩に手を置き、頷く。
「ありがとう。彼女は無事だ。君のおかげだよ」
私は寝息を立てているミシェルをみて、なんとか頷く。
「私は、ただ、助けを求めただけで」
そのときふと、ミシェルが手術のために薄着になっていたことに気づいた。私は自分のジャケットを脱ぎ、ミシェルにかけてあげる。医者は言った。
「そういう君の気持ちが、我々を動かしたんだよ。十分、君のおかげだ」
私が唇を固く結んでいたとき、新たな足音が聞こえてきた。そしてその先頭に、誰かがやってきた。彼はマスク越しに言った。
「彼女を救ってくれてありがとう」
治療を見続けていた私は彼らを見上げ、呆然と頷く。そして
「まずは彼女を運ぼう」
彼女は医者と複数の人々によって抱き起こされ、担架に乗せられていく。その大人は眠るミシェルに言った。
「すまなかった、ミシェル」
そうして、ミシェルとともに医者たちが立ち去っていくかと思ったが、半分ほど残っている。彼は言った。
「君もだ。ジュネーブ条約に則って保護する」
私は自嘲気味に笑った。
「ズルばっかりの手下が保護されて、それで、どうなるの……」
彼は沈黙し、やがて答える。
「命は保証するよ」
「保証されても、最後の行き先は地獄なんでしょ。ここまできちゃった、私は……」
私は俯く。そして、言った。
「あの子のいるキラキラした空に、私は、いらない……」
間が空いて、彼は言った。
「君は、ただ違う場所で生きていただけだったんだね」
私は顔をあげる。全員がずっと武器をこちらに向けていなかったことに、そこでようやく気づいた。彼は唇を固く結んだまま、ヘルメットを外し、バッグを下ろし、中からダウン素材のブランケットを取り出して、かけてくれる。
突然の暖かさに呆然としているなか、目の前の彼は涙をこらえていることにやっと気づいた。瞳がわずかに潤んでいる彼は、どうにか言った。
「いらない人なんか、いないんだよ」
私の頬に、涙が伝った。彼は言った。
「これまで君を傷つけてきて、助けてあげられなくて、ごめんね」
私は涙をこらえようとする。けれど涙が、どうしてもとめられない。
子供みたいに、私は声をあげて泣き出してしまう。目の前の彼は、やさしく背中を撫でる。
林の中を彼らに手伝ってもらいながら歩いて、いっぱい泣いたら、空の下にたどりついていた。今度はお腹が鳴ってしまった。私の元へやってきた彼らのひとりが、私を折りたたみ式の小さな椅子に座らせてくれて、別の人が、携帯食料のようなものを差し出してくる。私は震える指で受け取り、それを食べ始める。おいしかった。
私は空を見上げる。茜色になりかかり、夜明けを示している。そのとき、轟音が聞こえた。そこへと向くと、戦闘機がいた。私はつぶやく。
「天使……」
彼は驚いたように私の視線の先へ向き、そして言った。
「君は、ミシェルに憧れていたのか」
私は彼へと振り返る。彼は戦闘機をみつめながら、言った。
「君が望むのなら、学校でミシェルみたいにだってなれるよ」
呆然とするなかで、彼は言った。
「君の憧れはきっと、自分の心すら壊してしまうほどの試練だったかもしれない。けれどその果てにたどり着く最後の自然。この空の景色が、君の心を癒すはずだ」
私は空を見上げる。空には太陽が現れ、本当に輝いて見えた。
「いらない人なんかいない。
この空を何度もみていくうちに、みんなは、君は、いかなる時間の誰かの姿にも、自分の姿にも、光を抱いているんだと気づけるはずだ。
僕たちはゲームを通して、すべての光を等しく守る」
ゲーム、そうおうむがえしする私に、彼は言った。
「理想と違わぬ現実をつくる、ロールプレイングゲームだ。誰もが平等に機会をあたえられて、誰もが自由に考えて動き回って、誰もがみんなのためにルールを守って楽しく、なりたい自分になっていくゲームだよ」
「エンジェルスクール……」
「だから……」
彼はやさしく微笑む。
「君も、ゲームに参加していいんだよ」
そこで私は、ミシェルの言っていた言葉を思い出す。
「君も、ゲームに参加していい。そう先生から教わったんです」
私は、自分が話している存在が誰なのかを理解した。
「先生……」
また泣き出してしまう私に、彼は優しく頷く。その周囲の人たちも、優しく微笑む。
あのとき以来、なにかあるたび、私は空を見上げる。
すべては、もう一度ゲームに参加するために。
もしも天使に、なれたのなら。
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