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【エッセイ】ジュンちゃんとザリガニ釣り

今、これを書き始めたのは2020年10月1 日の木曜日。

昨日、1本のエッセイ『元・古着屋の僕が唯一捕まえた万引き犯』を書きあげた。

書きあげた達成感そのままに、次は何を書こうと考えている。

と、思ったら。


そういえば今日はジュンちゃんの誕生日だった。

§

ジュンちゃんとは、僕の2歳年下の仲の良い後輩である。

ボサボサ頭に眼鏡。

猫背のせいで実際の身長よりは低く見える。

別にお洒落でも何でもないし、顔も可もなく不可もなく。

まぁ、女の子にモテるようなタイプではない。

ただ、めっちゃええ子で、人として考え方もしっかりしている。

ひ弱そうな見た目と違って、男気もある。

仕事も一生懸命するし、上下関係も重んじるタイプだ。

そして何より。

僕が出会った友人の中でズバ抜けて面白い。

変な子っていうか完全に狂っている。

まぁ先述した通り、常識はちゃんと持ち合わせているので、「狂っている」というよりは「リミット解除ができる」と言った方が正しいかもしれない。

常識を知っているがゆえに、常識を超えることができるのである。

ひと言でいえば、最高の後輩だ。

§

ジュンちゃんと仲良くなったのは、僕が大学3回生の時だった。

本来は2歳年下なので、大学1回生のはずだったのだが、ジュンちゃんは浪人1年生として僕のバイト先に入社してきた。

高校は学区内トップクラスの私立校だったので、頭はめちゃくちゃ良い。

当時、ジュンちゃんは関西でいうところの「関関同立」を目指していた。

そもそも、実は僕の同級生にジュンちゃんの姉がいるので、出会いだけでいうなら、ジュンちゃんが小学生ぐらいの時なのだが、ジュンちゃんは全く覚えていない。

1回、一緒にバスケしたんやけどなぁ…。

§

僕は当時、大学生だったので暇で仕方なかった。

遊び相手を見つけるためにジュンちゃんに電話をする。

もちろんジュンちゃんは浪人生なのですぐに電話に出た。


「ジュンちゃん何しとん?」

「今、○○で釣りしてます」


ジュンちゃんはよく1人でバス釣りをしていた。

バス釣りといっても、浪人生でお金は持っていないので、ルアーなんてものはなく、餌はもっぱらその辺の土から掘り起こしたミミズだった。

現場に行くとジュンちゃんは釣りをしていた。

肩からはショルダーバッグがかけられている。


「ジュンちゃん、そのカバンに何が入っとん?」

「あ、勉強道具が入ってます。一応、浪人生なので」


ジュンちゃんは浪人生のくせに、勉強もせずバス釣りばっかりしていた。

でも浪人生なので、毎日カバンに勉強道具を持ち歩いていた。

どう考えても邪魔なだけやのに。

ってか、勉強しろよ。

§

ある日、僕はまたジュンちゃんに電話した。


「ジュンちゃん何しとん? 暇?」

「いや勉強しようかと思ってまして」

「せんやろ?」

「はい、しないです。暇です」


僕は相変わらずのジュンちゃんと合流した。

でも、お互い暇な人間同士が集まっても暇なのである。

ただでさえ、いつも何をしようかと悩むのに、その日は特に暇だった。


「ジュンちゃん、何する?」

「バス釣りします?」

「嫌や、俺。バス釣りせんもん」


僕はバス釣りより海釣りの方が好きなので、ほとんどバス釣りをしたことがない。

そんなわがままを言う僕に、ジュンちゃんはこう言った。


「じゃあ……ザリガニ釣りします?」


突拍子もないジュンちゃんの提案だった。

ザリガニ釣りなんて小学校以来じゃないか?

面白そうだったので僕たちはザリガニ釣りをする事にした。

21歳と19歳の若者が、今からザリガニ釣りをする。

§

僕たちの住む町にはたくさん公園があるのだが、ひときわ大きい公園がひとつある。それは、もはや公園なんて大きさではない。

ジュンちゃんが言うには、そこの側溝にザリガニがたくさんいるというのだ。

側溝と側溝が交わる部分には、1m平方くらいの大きさで、深く掘り下げられた箇所がある。

おそらく、雨水や排水の交わる量を計算しての作りなのだろうが、結構深くなっていて、網状の鉄蓋がつけられている。よく見かけるあれだ。

中を覗き込むと、確かにザリガニが何匹かいた。

あれ?

僕は疑問に思った。


「ってか、ジュンちゃんさ。これ鉄蓋ついてたら、ザリガニとれんくない?」


そうすると、ジュンちゃんは猫背を揺らしながら声を殺して笑っている。

ジュンちゃんのいつもの笑い方だ。

あえて音をつけるなら「クククク」「フフフフ」が合うのだろうが、ジュンちゃんはいつも笑う時、肩だけで笑う。

そして嬉しそうに笑いながらジュンちゃんが言った。


「ぼんじりさん、ザリガニ持って帰るつもりやったんすか?」

「うるさいな! 持って帰らへんわ!!」


僕は恥ずかしさをかき消すように続けた。


「そやけど、これ。何で釣るん?」


ジュンちゃんはジュンちゃんで「はっ」としたのか、また猫背を揺らして笑った。

結局、家の近かったジュンちゃんが原付バイクで、たこ糸とニボシを数本持ってきた。


「ジュンちゃん、竿は?」

「え? いります?」

「雰囲気でぇへんやん」

「ほな、ちょっと待っとって下さい」


ジュンちゃんは、その辺で適当な木の枝を拾ってきた。


「これでいいすか?」


木の枝にたこ糸を巻き、ニボシをくくりつけた。

§

準備は整った。

いよいよ21歳と19歳のザリガニ釣りが始まる。

童心に帰ろうとか、そんな素敵な話じゃない。

ただ暇なだけだ。


改めて鉄蓋の中を覗き込むと、ザリガニがゆっくり歩いている。

その中で1匹、片腕のザリガニがいた。


「ジュンちゃん、あれ見てん? あいつ片腕やで?」

「あぁ、あれ? あれ『将軍』です」


『将軍』て何やねん(笑)。

アホや、この人。

相変わらずジュンちゃんは間髪入れずにボケてきた。

しかし、いつもそういうことを真顔で言うから余計に面白い。


鉄蓋がある事から、結局はキャッチ・アンド・リリースになるので、僕はジュンちゃんに勝負を持ちかけた。


「ジュンちゃん、勝負しようや」

「いいですよ。じゃあ、1匹釣ったら1ポイント」

「ええで。ほな『将軍』釣ったら3ポイントな」


ルールが決まった。

§

ザリガニ釣りが始まってすぐ、僕は1匹のザリガニを釣り上げた。


「ほれ1ポイントや」


釣ったザリガニは、またそっと返す。


1対0。


「釣れました」


次はジュンちゃんが釣った。


1対1。


「よし、2ポイント」


僕が釣る。


2対1。


「釣れました」


ジュンちゃんが2匹目のザリガニを釣り上げた。


「お前、それ『将軍』やないかっ!」


横目で見るとジュンちゃんの竿の先には、片腕のザリガニがぶら下がっていた。

ここにきてジュンちゃんが将軍を釣り上げたのである。


2対4。


「釣れました」


横目で見る。

また片腕がぶら下がっている。


「ジュンちゃん、また将軍やん!」


ジュンちゃんが2回目の将軍を釣り上げた。


2対7。


このまま点差をつけられるのはまずいと思って、僕も将軍にチャレンジする事にした。

しかし、将軍は片腕ゆえにニボシをしっかり掴んでくれない。

掴みかけたと思ったら、離してしまう。

掴んだと思ったら、釣り上げる途中で落ちてしまう。

将軍を釣り上げるには、なかなかの技量がいる。

ってか、よくよく考えたら、釣りって完全にジュンちゃんのフィールドやないか。

完全にアウェイ試合だった。

……。

……。

……。

そして、だんだん腹がたってきた。

§

苛立ちからか。

僕は将軍どころか、普通のザリガニも釣れなくなった。

そうこうしているうちに、ジュンちゃんが3回目の将軍を釣り上げた。


「お前なぁっ!」


苛立つ僕を見て、ジュンちゃんがまた猫背を揺らしている。


2対10。


そして僕は────堪忍袋の緒が切れた。


「ジュンちゃんさ。確かアリ食ったら30ポイントやったよな?」

「え?」


そう言うと、ジュンちゃんが聞き返すのを待たずに、僕はその辺を歩いているアリを食べた。


2匹。


「これで62対10やで」


62対10。


これで大量リードである。

僕はジュンちゃんに勝つためにアリを2匹食べてやった。

もちろんジュンちゃんは猫背を揺らしていた。


「ぼんじりさん、そこまでして勝ちたかったんですか?」


そう聞くジュンちゃんに僕は「うん」とだけ答えた。

§

こうして、僕とジュンちゃんのザリガニ釣りは、僕の圧勝で幕を閉じた。

ジュンちゃんが言うには、僕と過ごした中で1番笑った日だという。

僕がジュンちゃんと過ごしていて1番笑った日は、また別の日なのだが、それはここに書けるか分からないし、また機会があればにしておく。

ちなみにジュンちゃんはその後、「関関同立」に受かることはなく、高校卒業すぐの受験時に、滑り止めで受かっていたはずの大学に入学した。

わざわざ2年も浪人したのに。

現役で受かっていたはずの大学に2年越しで入学した。

もっと言うと。

2つ下の同級生に馴染めずに大学もサボりまくっていた。

大学に行かずに川原でずっとマンガを読んでいた。

そして、おまわりさんに職務質問されていた。

もちろん留年した。

ジュンちゃんは2浪1留で、大学を卒業するのに7年もかかったのである。

人生かけて笑かせてくれる奴だ。

ちなみにこのエッセイを書き始めて、ジュンちゃんに誕生日おめでとうのLINEを送った。


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相変わらず何を言っているか分からない。

そもそも絵文字、ザリガニちゃうし。

エビやし。

ホンマ、最高の後輩だ。

僕はそんなジュンちゃんが大好きである。


<追記>

これを書きあげるのに何だかんだで2週間かかってしまったけど。

ジュンちゃん、誕生日おめでとう。

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