推し活について

ペンシルママです!今日は推し活について書きたいと思います。ペンシルママの現在の推し活対象はもっぱら子どもです。習い事で娘が頑張っている姿を見て、応援して元気をもらいます。子どもたちが元気に動いている姿は本当に生き生きとして素晴らしくエネルギーに満ち溢れています。

そして推し活の対象はだんだんと自分の娘だけでなく、一緒に頑張っている子どもたちにも広がっていきます。見ていると元気をもらえることが多いです。しかし娘はじっと見られるのを嫌がるので、「今日は推し活しないで散歩してて」なんて言われてしまいます。そのため最初はぶらぶらカフェに入ったりして待つ日もありますが、早々に出て見学に戻ってしまうのです。

推し活について印象的な話がありました。YOUTUBEなどで人生相談に乗っている「大愚和尚」という方がいらっしゃいます。その方が若い方からの人生相談にのっている動画を拝見しましたが、推し活についてでした。

和尚さんは、「他人を推している暇はありません」とおっしゃっていました。若い方からの相談でしたし、なおさら強くそのようにおっしゃったのでしょう。これからの未来が沢山ある世代でしたから。ですがペンシルママはにはガツンと来ました!取り立てて推しているものなどありませんでしたが、(あえて言うなら推している人やはり子どもと夫でしょうか)この年になりもう若い人とは言えない年齢になり、先も少しずつ見え始めているような気がしてしまっていたので、自分の今の状況にノックアウトされた気がしたのです。

まだ私はこれをやりきった!というものを持っていない気がしました。もちろんその時々頑張ってきましたが、これをやりたくてやってきたというものがないように思ったのです。大学進学先の学部選びも就職先もどちらかというと高い学費を払って通わせてもらった手前親の意向を強く意識しました。
親の期待する通りという娘にはなれなかったと思いますが、それなりに頑張ったと思います。ペンシルママが出産と転勤のため仕事を辞めると話した時父は非常に残念そうだった姿を覚えています。

小さい時は1番に子どもを考えて過ごしてきました。ワンオペにならざるを得なかったので、それは多くの女性が当然のように受け入れていることですが、これが仕事と頑張っていたように思います。あまり融通の利かない性格のため、子育てもきちっとして、「自分のこうしたい、こうしなくちゃ」に縛られていた気がします。幸い実家の母に時々見てもらえたので、娘が母とお留守番できるようになってからは日本茶教室や紅茶教室に通うことが出来て、月1回の文化的な日だったなと思い出します。

そんな状況下で大愚和尚の話を聞きましたから、これは衝撃でした。「自分を推す」本来ならもっと若いうちにしておきたかったことでしたが、私は自分を推す活動をどれくらいしてきたでしょうか。受験勉強の記憶しかありません。受験勉強が推し活と言われればそこまでですが、少なくとも私の心はそのようには捉えられませんでした。

娘がまだ幼稚園に入る前の話です。幼い時に良く行った公園に白い丘のような滑り台がありました。娘はその滑り台を気に入って、丘に登っては下り、登っては下り、と繰り返し繰り返し遊んでいました。それは炎天下の中でも行われ、まるで修行のようにも見えました。娘は汗びっしょりで疲れているだろうにも関わらずそれを繰り返していたのです。一心不乱にということばはまさにこんな状況なのでしょうか。結局2時間近くそこで遊んでいた日もあります。私は丘の1番上に座り込んで、娘が上り下り姿をじーっと見つめていました。

幼稚園の年少さんの頃の話です。モンテッソーリの教具の中でハートバッグが取り上げられるのですが、夫がより簡単に作れるよう工夫してそれを娘に教えたのです。娘はそのハートバッグに夢中になり、冬休み中ずっとハートバッグを大量に作って遊んでいたのです。

本来推されている人は、人目も気にせず夢中にその物事に取り組んでいます。娘のように。その熱量に人は心奪われるのでしょう。子どもは成長していくものですが、次第にそれが未来の役に立つとか将来の役に立つかという基準で物事を選んでいくようになります。かつての自分もそうだったように。でも幼い時娘が滑り台で遊んだ姿やハートバッグで遊んだ姿を忘れたくありませんし、対象はその時々で変わったとしても、その熱量をずっと大きくなっても持っていければこの子はきっと大丈夫だと思えるような気がします。

さてペンシルママもまだまだ負けてはいられません。推し活ばかりにならないよう、自分の人生もしっかり推していけるように過ごそうと思います!

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