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廃墟で散歩

まだ昼のうちから、鬱蒼とした森はくらく、視界はあまりひらけていない。
足元一面に広がっている落ち葉を踏むたびにカサカサと音がする。
自分たちが足を止めている時、あらぬ方角から音がするたびに体が小さく跳ねた。
枯れ葉は些細な風で揺れるほど軽い。
気にしては駄目だ。

「ひゃっ」
私以上にカナが怯えていた。
私やマヤの足音や、自分の髪の毛と洋服が擦れる音にすら驚いて、その度に叫んでいる。
正直、カナの反応が大きいので、平静を保っていられた。

「廃墟にいこうよ」と言い出したのはカナだった。
私たちは卒業旅行に来ていた。
行きたいところが被らなかったのでぜんぶ行くことにしたのだが、その結果予算はかつかつ、この日もゲストハウスに泊まっていた。

歩いて十数分のところに、元アスレチック場だった廃墟があって、施設がすべてそのままになっているという。
「とはいっても、元々遊具も木でできていましたから、朽ちてあんまり残っていないんですよ。ほとんどただの森です。」
と、主人は言った。

ただの森ならいいじゃん。昼間ならいいじゃん。
カナがどうしても気になるというので、致し方なしに私たちは了承したのだった。

「そんなに怯えなくても、ここを抜ければ例の廃墟はすぐですから」
穏やかな口調で声をかけたのは、同じく宿泊していたカメラマンの太田だ。
私たちの、いかにもしぶしぶな様子をみて「行ったことありますから、よければ案内しますよ」と声をかけてきたのだった。

「そうやってくっつくから、なかなか進まないんでしょうが」
マヤはぎゅっと背中にしがみつくカナにしびれを切らして、思わず声を荒らげる。
「怖いんだもん。しょうがないじゃん」
「では私の後ろに。間にいたほうが怖くないと思いますよ」
太田に促され、カナはマヤの前に出た。
結果的に私が一番後ろになる。確かにこれはちょっと怖い。

騒いでいるうちに、目的の廃墟に到着した。
元々アスレチック場とバーベキューを兼ねていたアウトドア施設で、廃墟というよりは、山に突然現れた広場だ。

生えている木をそのまま活かしたツリーハウスだったところや、吊橋状の遊具だったところ、ターザンロープや、いかだ渡しのための人工の澱んだ池。
よくみるとアスレチックの痕跡が次々と見つかる。

「ここバーベキュー場じゃない? なんだ、レジャーシートでも持ってくればよかった」
急に気が大きくなったカナが、いちばん拓けた場所に寝転ぶ。
「現金なやつだな」
観念したように言って、私とマヤも横に寝る。
廃墟だなんだと気負っていたが、ゲストハウスの主人がいうように本当にただの森だった。
散歩がてらにはよかった。

太田は至るところを撮影していたが、やがて満足したのか寝転がっている私たちに声をかけた。
「もうすぐ暗くなりますし、夕飯までに帰りましょう」
「やば、ほんとだ。夜はさすがにムリだ」
マヤが慌てて起き上がる。
「あ、待って。じゃあついでにコンビニ寄ってから戻りたい」
私も立ち上がる。
「確かに。太田さん、コンビニ寄ってから帰りたいんですけど」
カナがそういうと「じゃあ反対から帰った方がいいですね」と歩き出した。

反対は、元からこの施設に向かうための道が整備されていて、行きのゲストハウスの裏の森よりは歩きやすかった。
「こっちから来たらよかったじゃん」とマヤがぼやくと「それだと遠回りじゃん」とカナが返す。
「コンビニ、泊まってるところから遠いもんね」
と私がいうと。
「それなー」とまたカナが返事をする。

「あの」
太田が振り向くと、ガサッと大きな音がした。思わず3人そろって声を上げる。
「やば、あぶな」
マヤがなにかに引っかかり、ころんだ。
「ここらへん、斜面急ですから、気をつけて」
太田がマヤを引っ張り上げる。
「踏み外したらあぶないね」
「そうだよ、リクも気をつけな」

トンネルがあった。
抜ければ、現在も使われている道に出るという。
短いのかすでに反対側の光がうっすらと見えた。
「えー、ここに来てトンネルかあ」
カナが音を上げる。
「私ムリ、カナ先に行ってよ」
マヤがカナの背中に回る。
「カナもムリ! リクにパス」
マヤと一緒にカナも私の後ろに回る。
「あの」

「誰かいるんですか?」

太田の視線の先には、女性が2人しかいなかった。
「さっきから、なんか会話がちょっと、おかしいなと思っていたんですが、リクさん? という方が、いるんですか」
太田は引きつった顔をして、後ずさる。
「え、どういうことですか……?」
カナが不思議そうな顔をすると、太田はくるりと向きを変え、走り出した。

が、トンネルに入る手前で振り返り、カメラで私たちを撮ると、一目散に逃げ出した。

「え、なに、リクもいるじゃん。ねえ、マヤ」
カナがそういって振り返ると、マヤは真っ青な顔で固まっていた。
「リクは、いないじゃん。だって、」
カナの袖を掴んでいた手が徐々に緩んでいく。
「旅行の前に……車で……」

それを聞いたカナの顔がみるみる蒼白にかわる。
力が抜けて座り込んでいるマヤを引っ張りあげて、よたよたとトンネルに向かって駆け出す。
なんで、私も旅行に一緒に来たかったんだよ、だって、3人で行くって、約束したから。

ねえ、まだ旅行しようよ、3人で、行ってないところ、いっぱいあるよ、ほら。
待って。

2人が走っていったトンネルの出口の光がすぼんでいく。
そっちはくらいよ。
わたしのほうに、おいでよ。
こっちは星が奇麗だよ。

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