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誤学習のからくり

自己肯定感を育てる工夫②
のつづきです。

行動が強化されていくには、行動が起こった後に注目していかなくてはなりません。

行動と感情を別のもと扱って行くと、とても良く理解できますが、意識していないと、なかなかその発想にいたることは難しいかもしれません。

行動が強化されるためには、その行動を起こした後に何らかの『刺激』があって強化されていきます。

その行動を続ける意味があれば、繰り返し行うようになると言うことです。

その行動を続ける理由は様々ですが、一番初めにその行動が起こった時は、ほとんど意味が無かったり、偶然だったり、意図した事では無かったりします。

偶然起こった行動の後に、その人にとって、旨味のある状況が訪れたとき、はじめて意味のある有効な行動になります。

そして、二度目にもう一度同じように、旨味のある状況が訪れれば、続ける理由が出てきます。そうして何度も何度も繰り返して『刺激』を求めるようになります。

この状態を、心の問題で解決しようとすると、非常に困難です。

学校へ行けなくなった、発達障害児(ASD ADHD)弟の例で説明したいと思います。

我が家の地域では、小学生は近所の子ども達で班をつくり、集団登校をしています。この、集団登校が当時まだ一年生だった息子には、上手くできませんでした。

班長さんは六年生で、一番先頭を歩きます。そして班長さんの隣には最年少者の息子が配置され、一緒に歩きます。

ところが、足の長さが違うためについていくことができなかったのか、班長さんが早足だったのかは分かりませんが、息子には、班長さんの隣で歩くという事ができませんでした。

先頭を歩く息子の後には、何人もの班の仲間たちが続いて歩かなくてはなりません。

後ろからは、早く歩くように急かされ、班長とは距離が離れていく。その状況に、息子は軽いパニックを起こしてしまいました。

この、パニックが起こった後に班の仲間たちから、『優しくする』刺激や『怒る』刺激などを受けた息子は、パニックを起こせば解決すると勘違いしてしまいました。その後、毎日のように通学中にパニックやかんしゃくを起こすようになりました。

息子にとって、『優しくされる』ことも『怒られる』事も、スピードに着いていけない事が解決できる有効な手段となってしまったのです。

パニックを毎日起こしていると聞いて、息子を集団登校させることを止めさせました。

パニックを起こせば解決すると誤学習してしまっていることに気がつくこと、そして新しく適切な学習をしていく必要がありました。

仮に、これを精神的なことが問題だとしてしまうと、

原因

班の子どもたちにいじめられて我が子が傷ついたために、パニックを起こした。

解決案

息子を慰め、こころが回復するまで休ませる

結果

慰めて休ませた後、もう一度班に戻す。そして、また同じようにパニックを起こす。やはり心がまだ回復していないのだと考え、まだこの子には無理だ。もう少し様子を見て休ませよう。

ということになってしまいます。

班の子どもたちは、息子をいじめてなどいませんが、精神論で語ろうとしてしまうと、もっとも大切な第一回目の偶然を見逃してしまいます。原因論は過去に原因を求めがちです。けれど、重要なことは、行動の直後にあるのです。

発達障害児である息子はパニックやかんしゃくを起こしやすい特性をもっています。それは、生まれ持った特性で、とても簡単にスイッチがONになってしまいやすいということです。

押しやすいスイッチというものは、人間誰でも持っているものです。良い方向へ向かうスイッチになることもあれば、その逆もまたあるというだけの事です。

パニックやかんしゃくを起こしやすい。そういうスイッチがとても近くにあったとしても、そのスイッチではないスイッチを押す可能性は十分にあります。

そして、身近で使いやすいスイッチばかりではなく、別のスイッチをあらたに作ったり、探したりすることもできます。

この、集団登校時のパニックは、

単に、押しやすかったスイッチを使ってしまっただけの事でした。

息子はいじめられた訳ではありません。表現の方法としてパニックのスイッチを押したのです。

そして、パニックという行動の後に、

スピードが緩んだ

という事実が、パニックという行動を強化してしまっただけの事でした。

私が行った方法は

息子を集団登校させるのをやめる
学校へ連絡し、集団登校ではなく、母子で登校する事の許可を取る
班に連絡し、しばらく班から外れることを伝える

息子と話し合い、解決策を共に考える

集団登校の時間よりも早い時間に、息子と二人で一緒に歩き、スピードの調整の仕方や、交通ルール、班のルールなどを学び直す。
誰よりも早く登校し、余裕を持って授業準備にとりかかる
担任の先生と一対一の時間を持ちコミュニケーションをとる時間に充てる

実際に行った方法です。この方法により、無事に息子は集団登校のスピードについていくことができるようになりましたし、時間がかかってしまい叱責されていた、朝の準備も余裕を持って覚えていくことができました。担任の先生とのコミュニケーションにも多少は効果があったと思っています。

この当時、まだ息子が発達障害であることは知りませんでした。そして、行動分析学と出会うのは、障害の診断が下った後の事です。今思えば、よくこの状態でやっていたもんだと思いますが、すべてが勘でした。息子への対応の仕方はそれこそ、私が行動してみて効果が感じられたから強化していった学びの数々でしかありませんでした。

なので、この当時はこれを人に説明することはできませんでしたし、学校へ何かをお願いする時や、関りについての質問にも答えることができませんでした。けれど、それもちょうど良かったと今では思っています。

この当時の様子はこんな感じでした。

次回は、一緒に登校しながらどのような声掛けで、誤学習から学び直しを行っていったのか。というお話。

~To be continued~

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