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生活が変わってきた

「は、はっ、はあはっ」

ダイエットで体型を絞り、それに合った服装も手に入れたし、美容院にも行ったので、僕の外見はかなり改善されました。

これは、気持ちの面で非常に良い効果をもたらしてくれました。

いままで、
「オシャレなところに行けない」
「人に話しかけにくい」
「コミュニティに入りづらい」
などの障壁が、僕の前には数えきれないくらいありました。

太っていたから、です。

そもそも、少なくとも僕にとっては、僕の体型は心地のいいものではなかったんです。
例えば繁華街なんかに行こうとしても、「でも太ってるし、服やばいし」。交友関係を広げたくても「でも(以下同文)」。
そういう尻込みで20代を浪費しました。後悔しています。
振り返って考えれば、体型のせいにして不慣れなことから逃げていただけです。

それでも、当時は全く問題にしていませんでした。
友達と遊び、家でインドア趣味を満喫し、旨いものを食べる。
それ以上に求めることなんてなかったんです。
毎週のように出かけて、いつメンで遊んで、それで充分です。

そんな僕にとっての転機は、友達の彼女さんでした。

毎度の如く友人宅でみんなで遊び「そろそろお暇…」なんてときに、家主の携帯が鳴りました。少し通話したあと、こちらに向かって

「彼女来てもいい?」

「え、……」絶句しました。

「会うの初めてだよね」
「紹介ついでに! 今駅ついたって」

冗談じゃない。知らない人は苦手なのだ。
知らない人に、おデブな僕を認知されたくない。
更に言えば、友達の彼女とかいう「部分的に他人」というジャンルが僕みたいな人間には最も苦手なのです。

どうしよう。振り切って帰っちゃおうかな。いやそんな……
逡巡しているうちに、玄関が開いてしまいました。

「あ!こんばんはぁ~」

始めて聞く声。女の人だ。

「あ、どもです」「ちわーす」「お邪魔してますー」

みんな、当たり前のように挨拶していきます。
当たり前か、大人なんだから。

大丈夫、僕だってできる。
挨拶もそこそこに、入れ違いで帰ってしまえばいい。そもそも解散の流れだったじゃん?
こんなん会話じゃなくて、ただの通過儀礼。僕のことなんていちいち気にしてない。ほら「こんばんは」と言うだけ。そんで荷物まとめてスイーっと……

「は、はっ」

「はあはっ」

声が、出ません。

情けないことに、無意識に友達の背後に隠れてしまっていました。

「え!なんで!?めっちゃ緊張してんじゃん!!」

「どわっはっはっはっは!!!」

みんな大笑い。家主は「そっかー人見知りだもんなあー」と笑顔です。
え、ばれてたの?

そして彼女さんに「こいつが前に話した◆◆。よろしく」と僕を紹介しています。
話したの?僕のことを?

「なんか挙動おかしいけど、慣れたらおもろいし良いやつだよ」と寸評も加えて。

いろんな感情がこんがらがっていました。
アラサーにして女性に全く免疫がないこと、
僕の人見知りがとうにばれていたこと、
みんな当たり前を平気でできていること……

知らない女の人「はじめまして!このあいだ見た▽▽、めっちゃおもしろかったです!」

ああ、なんということだ。
僕がLINEでみんなに送り付けたクソコラ画像が、コミュニティ外に流出しています。
SNSのインシデントです。

季節外れの大汗をキメながら、結局数十分歓談の場におり(歓談はしてない)、満身創痍で友人宅を後にしました。
どうやって帰ったのかあまりよく覚えていません。


外出する力

それから僕は生まれ変わることを決意した……

のではなく、「まれに起こる天災」とみなして友達の彼女さんとの遭遇をやりすごしてしまいました。
喉元過ぎれば……です。

体型でも、性格でもない。運が悪かった。
そういうこともあるのだ。

でも、このころから、少しずつ僕の中で違和感が大きくなってきたのです。

「このままでいいのかな」

そのころ僕は、太っていることだけが問題ではないと、実は気づいていました。
性格も、センスも、収入も、顔も、全部どうにかしないといけない。
それは難しい。
だから、どうにかしなければ立ち入れない世界には行かない。
そうして既存の人間関係と昔からの趣味に全力投球していたわけです。

でも、自分のいる環境が変わってきているという事実に直面してしまいました。
みんな、彼女ができたり、結婚したり、転職したり、地元を離れたり、ほかの友達付き合いが広がったり……

こういう、誰もが経験する陳腐な移り変わりに、僕は大いに戸惑いました。
陳腐なことは、簡単なことではないのですね。
正直、人生やら世の中やらを、なめていました。
でも、自分には改善点が多すぎます。少なくとも僕の中では、そう思っています。
手詰まりで落ち込んでいました。

多分このままだったら、なにもせず30歳を迎えていたでしょう。
ダイエットを始めたのも、いわば偶然です。
痩せなければ生きるのに支障が出ると言われたからであって、自分を変えたいとかそういう心理的な問題を契機にできたわけではありません。

最初こそ命の危険を感じてやむなく始めたわけですが、なんとかやりきって、そこでようやくいろいろな変化を起こせていることに気づきました。
結局僕の中で、いろんなことをできない理由が全部「でも太ってるから」だったのです。
その大義名分がすっかり消えてしまいました。
盾にしていたおデブ事情を失って、初めて「これは案外イケるのでは?」となったのです。

それで、やらずに逃げてきたいろんなことをやってみて、ようやく心の重荷がなくなったように思います。

いままで、出かけるといっても本当の意味で「外に出る」ことをしていなかったんです。
見知った人と、前と同じ行動をする。
自分だけで新しいなにかに手を付けたことがなかったわけです。
それを、経緯はともかく、やったのです。

ひとりで、いろんなところに行ってみました。
表参道、青山、丸の内、上野……
オシャレなお店も頑張って入りました。
意外と大丈夫!意外といける!気持ちがとても上向きになってゆきます。

ちなみにトップ画はそういう経緯で訪れたパンケーキ屋さんです。
この時期僕は「スマホで写真を撮る」ということを今更覚えました。


上京

そういうわけでなんだかいろいろとスッキリした僕に、図ったように異動の辞令が出ました。しかも東京への転勤です。

僕はそのころ東京近縁の某県で働いていました。
お世辞にも都会とは言えない立地で、最寄りのコンビニは徒歩10分
昼を食べられる店は車が必要な距離にしかありません。
周りは雑木林と畑だけ。
そういう隔絶された環境で、ごく少数の人員といた僕には、都心で働くということがさっぱり想像できませんでした。

長らく地方へ通勤していたため、まず電車の込み具合に圧倒されます。
一駅ごとに、体がよくわからない方向へ捻じれてゆく。
車通勤のおかげで弱った足腰をふんだんに活用して何とか職場にたどり着き、新卒の研修期間以来で敷地に足を踏み入れたものの、さっそく迷子気味になります。
当社、こんなに複雑だったっけ?

何とか自分が配属された部署を見つけてドアを開けると、人がたくさんいました。いままでよりずっと。
緊張する~。

「わー、これが東京か」なんて思っていると、

「えええ! ◆◆くん!?!??」

新卒研修の時、交通費の伝票を何度か処理してもらっていた経理のお姉さんが駆け寄ってきました。
「どうしたの?? なんで!!??」
「ちょっといい?? ちょっとね!?!!」
すごい大声で僕の腹を触っています。

やせすぎて同一人物とは思えないそうです。
確かに周りも驚いています。
僕にお姉さんの剣幕にか、わからないのですけど。

とりあえず予期しない方法ながらも空気がほぐれたので、僕の東京ライフはなんとかスタートできました。経理のお姉さんに感謝。

これの余波か、未だに「病気でやせた」「内臓をやられた」「過労らしい」などの噂をされております。
まあ新卒一のデブがガリガリになって帰ってきたら、そういう方面を疑ってもおかしくはないですね。これはおいおい解決していければと思います。


つづく



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