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老犬あるいは飼い主

わたしは歩くのが遅い。

急に何を言い出すんだと、困惑している読者の顔が目に浮かんでくる。
しかし、わたしは歩くのが遅い。

と言っても、ただテレテレと歩いているのではなく、景色や街の様子や、店の看板を見ながら歩くのが好きでキョロキョロとしながら歩くから、必然的に歩くのが遅くなる。ただそれだけの事である。

もちろん、わたしだって遅刻気味だの数量限定のランチを食べに行くなどの有事の際は荷物を抱えながらダッシュをすることだってある。

しかし、そうでない場合はたいてい亀の歩みよろしくテレテレと歩きながら色んなところを見ているのだ。

わたしのこの「歩くのが遅い」ということを目の敵にしている人物がいる。
彼氏である。

彼氏は、必要な筋肉以外の無駄な肉を付けていないコンパスみたいな脚でチャキチャキと歩く。
「歩く」というよりは「闊歩する」と言ったほうが幾分かニュアンスが伝わりそうである。
それくらいチャキチャキと歩く__いや、闊歩する。

そもそも、彼氏は無駄が嫌いな人なのだ。

わたしは色んなものを見るのが好きなので、ショッピングでも用事がないフロアに足を運び、お店を見て回る。

飼えやしないのにペットショップに行き、小動物や爬虫類を見てひと通り楽しんだあと、彼らが食べる餌やハムスターの家などを見る。
作りなどしないくせに製菓材料店に行き、クッキー型を見たり、小麦粉を精査したりしている。

「ジャム」という商品名に対して、各メーカーの「ジャム」数十個がずらーっと並んでいるのを見るとなぜか嬉しくなる。



一方で彼氏は、「携帯を買う」という目的を持つと、まず自分のiPadで電子の荒波を乗りこなし、めぼしい端末が無いかを徹底的に調べあげる。
この時点で、家にいながら一切の無駄を排除するのだ。

ある程度、狙いが定まったらヨドバシなり、ビッグカメラなり家電量販店に行くのだが、このときにはもう、「○○の端末を買う」という目的を遂行するためだけのロボットに成り下がっているので、ヨドバシ入店後は一目散にお目当ての端末が売られているショップに早足で行く。

学部生の頃、行っていたバイト先にお掃除ロボットが導入されたことがある。
人手不足をロボットで補おうという魂胆で導入されたものだった。
ロボットには学習システムがあって、まず「掃除させる経路」を覚えさせる事が大切らしい。そうすることで、以降お掃除ロボットは迷いなく館内を掃除する。

彼氏はまさにそのお掃除ロボットのように、迷いなくヨドバシカメラを闊歩した。
店員さんも「うわ!こっち目がけて歩いてくる奴がいる!」と分かるくらいのスピードだった。

無駄なく決め、無駄なく歩き、無駄なく買い、無駄なく帰る。
無駄なし国のムダ=ナシ王の由緒正しき血を引く彼氏は無駄なし貴公子のごとく爽やかな笑みで「端末買えた……♡」と端末の入った袋を掲げ、見せてくるのである。

この無駄なし貴公子と付き合うとどういうことが起こるか。
怜悧な読者諸君にはもうお分かりであろう。

置いていかれるのだ!!!!!!!!!!

とは言え、置いていかれるのが嫌なので、ときどき小走りで着いていくのだ!!!!!

小走りで追いついては、差が開き、小走りで追いついては差が開く。
これを繰り返してきた。

最近では、「歩くのが遅ォォい!!」と一喝される。

放っておくと、わたしがはぐれてしまう(わたしから見れば彼氏がはぐれてしまう)ので、最近では「はぐれ防止」のために手を繋いで歩いている。

手を繋いで歩いている、というと多少のトキメキ要素が入っていき、「きゃ〜ステキ!」と感嘆の声を漏らす友人もいるが、なんてことはなく、先述したように「はぐれ防止」のためなので、手を引っ張られていると言ったほうが遥かに正確性が増す。

よって、皆さんが想像する一般的な恋人の甘酸っぱいアレソレというよりは老犬を散歩する飼い主とその老犬、といった有様であり、ドキドキもクソもあったもんではないのである。


とはいえ、わたしはゆっくりと歩きたい。
無駄が好きなのだ。
よく分からない雑貨屋さんに行って、アイスキャンディーの形をした入浴剤を見つけて喜んだり、ハンドクリームのテスターで匂いを嗅ぎ比べたり、そういうことをするのが好きなのだ。

そしてそういうことをするためには、常にアンテナを張り巡らせながら商業施設を歩かなくてはならないのだ。


目的のものを買いました!ハイ終わり!この後どうする?もうやること無いけど……。

は、寂しいじゃんかー!!!!!

こういう気持ちがムクムクと沸き起こると、わたしは彼氏の離れた腕をググッとわたしの体に引き寄せる。
「ゆっくり歩こう!!!!!」と言う。

先程まで老犬に徹していた女が、次はわんぱく散歩大好き仔犬をリードする腕っ節が強い飼い主へと変貌を遂げる。
逆転である。

わたしたちは、互いに互いの手網を取りながら買い物をしている。ときに早足で、ときにゆっくりで。

休日はお互いの歩みに寄り添いながら、あるいは反発しながら町を歩く。
歩きながらする話は全部楽しいし、町の看板や、店の陳列棚を見るのは全て楽しい。


お互いのちょうどいいペースを見つけられたら良いなと思う。

おわり。

普段は文系院生として過ごしているため、学費や資料の購入に回します✩゜*⸜(ू ◜࿁◝ )