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なんでもない日にホールケーキを食べて孤独に打ち勝つ話

万有引力とはひき合う孤独の力である
―———————————谷川俊太郎『二十億光年の孤独』より

谷川俊太郎氏の有名な詩の一節である。
研究室あるいはバイト先と家との往復、さらに言えば時勢的なもので飲み会に行かず、人との交流が必要最低限になった6月某日、わたしは、夜の静けさの中で「孤独だ…」と思った。

孤独である。それはもう宇宙規模レベルの孤独だ。
ひとり暮らしの家は、静まり返り、ときおり冷蔵庫が唸り声をあげる。
せめて人の声を…と思ってテレビをつける。観ているわけでもないバラエティー番組から笑い声が聞こえてきて、それが一層、わたしに孤独を感じさせた。


ケーキが…………食べたいな…………


わたしはそう思った。
唐突に聞こえるかもしれないが、わたしはたしかにそう思ったのだ。
ケーキ屋さんで買うケーキは、一人暮らしの身には高くて、年に片手で数えられるくらいしか食べない。
今年はたしか、自分の誕生日のときに食べた。
彼氏が小さいケーキを買ってきてくれたからそれを食べたのだ。

なんとなく自分の中で「ケーキはだれかと共に食べる物」というイメージがある。
実家で家族の誰かが誕生日を迎えるたびに、ホールケーキをみんなで食べていたからかもしれない。


………ホールケーキが………食べたいな………


孤独について思い、ケーキに考えを及ばせたわたしを襲ったのは、だれかとホールケーキが食べたいという、ささやか且つ贅沢な願望だった。
誰かの就職祝いでもなく、誕生日でもない―――なんでもない日にホールケーキを切り分けて好きな人たちと食べることができたなら、それはもう「孤独」から脱したと言えるのではないだろうか。


わたしは早速、「なんでもない日にホールケーキを食べる会」を立ち上げた。
大事なのは、「一緒にホールケーキを食べてくれる人」である。

「ホールケーキを食べない?」と連絡を取り、第一声に「は?」とか「なんで?誰かのお祝い?」と返事が来たら困る。
泣いて、金属バットを振り回す。
こんな思い付きの勢いだけの会なんて、みんなが正気を失っていて、「なぜなになんで」をかなぐり捨てていないと成立しないのである。
わたしは、自分の極めて少ない交友関係の中から、基準「快諾してくれそう」「面白がってくれそう」の2点を満たした快諾の鬼を慎重に選んだ。


杏寿郎※1、(快諾の)鬼になれ………

※1『鬼滅の刃』(吾峠呼世晴、集英社)の登場人物、信念がすごい。
「鬼になれ」は同作品の登場人物・猗窩座の台詞。

厳選なる審査の結果、ふたりの(快諾の)鬼が候補にあがった。
彼女たちはいずれも軽いフットワークの持ち主である。また、急にくねくねと身体を揺らして踊る、手の甲の写真を送って「こんなに血管って緑なん?」と急に尋ねる―――など、数々のわたしの末っ子めいた行動や言動にも付き合ってくれる心の広さを持っている。
これ以上の適任はいないと思われたので、さっそく「ホールケーキが食べたい」とLINEでメッセージを送る。

19時45分に「ホールケーキが食べたい」とメッセージを送ったのだが、その一分後には「やろ…………………!!!!!!!!!!!!!」と返事が返ってきた。
快諾すぎる。逆に不安になる。もはや尻軽である。
フットワーク、紙粘土か????


もう一人はすぐに返ってはこなかったものの、「いいねえ食べたい、何も考えずに甘いものを貪りたい」と彼女が抱えるチラ見えの闇と共に快諾してくれた。


持つべきものは快諾の友である。


なんでもない日のホールケーキを食べる会に向けて

わたしを含めた3人の、もっとも良い日程を選び、おのおのが「なんでもない日のホールケーキ」に思いを寄せていた。

しかし、もとより毎日のように連絡を取り合っているわけではなかったので、「近々になれば誰かが計画を立てはじめるだろう」というふわっとした気持ちで日々を過ごした。

そのまま、「なんでもない日のホールケーキを食べる会」3日前になっていた。

そこで大事なことに気が付いてしまう。


ホールケーキって予約必須では?????


恥ずかしながら、いままでホールケーキの予約をしたことがなかったのだ。
慌てて、グループLINEに「予約いるよね?」と送る。
「必要、プレートを書いてもらうなら特に」とのことだったので、快諾の友達に「予約の仕方分からないから、予約についてきてほしい」と頼んだ。


予約ぐらい一人で行けよ、と思われるかもしれないが、頼んだ友達は普段より、ケーキを頼むことで推しの「本人不在のお祝い」をしているようなので、快諾の鬼且つ予約のプロなのだった。
案の定、「ええよ~」と快諾してくれたので、彼女と一緒にホールケーキの予約をしに行くことになった。


カランカランとドアベルの軽快な音が鳴り、ケーキ屋さんのなかに入る。
「いらっしゃいませ~」と店員さんがにこやかにわたしたちを迎えてくれる。
「すみません、ホールケーキの予約をしたいのですが」
「ホールケーキですね、プレートはお付けしますか?」


キタ…………………!!!!!!!!


「お願いします」
「なんて書きますか?」
「な、『なんでもない日のホールケーキ』…で」


こんな馬鹿みたいな文言をプレートに書くお客さんいないだろうな…という、いざ店員さんを前にすると襲ってくる羞恥心に耳と頬を赤らめながら、注文した。
店員さんとわたしたちの間に、静寂が訪れる。
なんと、『なんでもない日のホールケーキ』の意味が分からなすぎて、店員さんがプレートに書く文の注文だと思っていなかったのである。

「あっ、すみ、すみません、『なんでもない日のホールケーキ』と書いてください…!」

恥に冷や汗をかきながら再度注文すると、店員さんは「あっ…!ああ!はい!」と注文用紙に『なんでもない日のホールケーキ』と書いた。


なんでもない日のホールケーキを食べる会当日

なんでもない日のホールケーキを食べる会当日、わたしたちは餃子を作っていた。

↑包み方がおかしい餃子

せっかくだから夕飯も一緒に食べよう!という提案に、またしても二人が快諾してくれたのだった。
鶏餃子と豚餃子の二種類、それぞれ100個ほどを作り、談笑とともにホットプレートで焼いて食べた。おいしかった。部屋が臭くなった。

途中、『ドラゴン桜』の最終回を見ながら、みんなで号泣するなど意味の分からない一幕もあったが、『ドラゴン桜』が終わり、ひと段落したところでいよいよ、満を持してなんでもない日にホールケーキを食べることとなった。


↑少し側面が崩れている「なんでもない日のホールケーキ」

箱の中からケーキを取り出すと、「おおー!!」と歓声が上がった。
チョコプレートには堂々と「なんでもない日のホールケーキ」と書いてあり、せっかくだからと描いてもらったキャラクタープレートもきらきらと輝いていた。

もらった蠟燭をケーキにさして、火をつけた。

誕生日のやつだ…!
誕生日によく見た光景だ…!

シンプルにテンションが上がった。みんなホールケーキを見てニコニコしながら、写真を撮っていた。
写真を撮り終えたところで、「はいっ…(「よーし!」みたいな意味合い)」と言ったが、「はいっ」と言ったところで、誰のお祝いでもなく、誕生日でもないケーキを、どういう掛け声で食べると良いのか誰も知らず、若干静まり返った。


友達が「おめでとう~~~~~~~(?)」と元気よく言いだしたので、あとに続いてわたしも、もう一人の友達も「おめでとう」「おめでとう」と口々に言いながら蝋燭を消した。

数学の得意な友だちが、切り分けをしてくれたが「六等分にしようとおもったら八等分になってしまった~~~~」とわけの分からないことをいっていた。
しかし、面白かったのでみんなでぼろぼろになったホールケーキを食べた。



「ああ、スポンジがおいしいね」「クリームはあっさりだね」とかいいながら食べた。
餃子をお腹いっぱい食べていたけど、ケーキはどんどん胃に収まっていった。


楽しかった、ものすごく。
二人が後片付けを手伝ってくれて、「今日は楽しかった~、またやろうね」「温泉もいこうや~」と『次があること』をなんとなくみんなが感じていた。

じゃあまた明日~、と手を振りながら玄関のドアを閉めて、自室に戻った。
楽しかったものたちはもう綺麗に片づけられていて、さっきまでの歓声はなく、ふたたび静寂が鎮座していた。


わたしは、二十億光年の孤独に思わずくしゃみをした。

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