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ボクともぐらと 98_やさしいリーダー VS 燃える闘魂、強い意志、勇気、闘争心、戦い抜く

ボクと、ボクと同じ夢を持つもぐらさん、との気づき・学びの綴。やさしいひとになり、そうあり続け、やさしいリーダーになって組織を強くする夢を持つ2人。やさしさの基本は心・精神の強さ。そんなやさしいリーダーが率いる組織は自走し強くなると信じている。「ぼくモグラキツネ馬」という絵本、やさしさの強さを謳う素敵な2人が大好き絵本。日々読みながら、日々の仕事での経験や気付きを比較し、やさしさと強さを学んでいる。そろそろ100回目が近づいてきて、学びを整理できたかな。。。

稲盛和夫氏の本を本棚から引っ張り出してパラパラ。ボクともぐらさんの目指す「やさしいリーダー」には相容れない”強い言葉”がたくさん目に入る。

例えば、稲盛経営12か条の一部だけど:

1.「経営は強い意志で決まる」
2.「勇気をもって事に当たる」
3.「燃える闘魂」(これがタイトルの書籍もある)
4.「強烈な願望を心に抱く」
5.「誰にも負けない努力をする」


あるいは、他の本からも「闘争心を燃やす」「不撓不屈の一心をもつ」「勝利まで戦い抜く」みたいな。ボクともぐらさんの目指す「やさしさ」とは遠いイメージの強い言葉。

で、稲盛和夫氏のような方が使うこのような熱い・強い言葉の意味を読み解いて、ボクともぐらさんの目指す「やさしいリーダー」のあり方と比較しようと思いました。

ボクともぐらさんの信じる「やさしさ」と、これらの言葉も同じかの検証。あ、でも自分ではもう答えはわかっていて、同じ、だと信じています。

でも、あえて、より「やさしさ」の強さを、心の底から信じられるように。やさしさから連想されないような稲盛氏の言葉が、ボクらの想うやさしい姿と一致するかを整理し、さらに自信を深めようと思っています。

上記の1,2,3に絞って質問形式に:
1.「やさしいリーダー」の「経営は強い意志で決まる」ことができない?
2.「やさしいリーダー」は「勇気をもって事に当たる」ことができない?
3.「やさしいリーダー」には「燃える闘魂」がない?

1.「やさしいリーダー」の「経営は強い意志で決まる」ことができない?

稲盛氏の本を読むと、以下のように思う。

経営とは、世のため・人のために役に立つ事業を、その利他主義な意義を明確にし、善なる動機を持ち、日々正しいことを、仲間と共にすること。

だから、必ず成功する、と思える
だから、経営の先に夢と希望も自然に持てる。
だから、それに早く近づけるためにも、社員とその家族を継続的に養うためにも、物心両面の幸せのためにも、高い目標を立てる。
だから、為せば成る、努力すればなる、困難かもしれないが心の底から可能だと思えるからネバーギブアップの「強い意志」を持たないと高い目標達成できない。
つまり、「経営は強い意志で決まる」。

困難があっても諦めないし、不安な仲間や猜疑心ある仲間や困難に負けそうな仲間に対しても、将来を明るくビジョナリーに自分の言葉で本心で語り鼓舞できる強い意志を持てる。逃げず、負けず、諦めず、この世の中に役立つ事業を発展させるんだ、と強い意志を持てる。

「やさしい」リーダーも同じです。自分が信じるビジョンの実現のために、諦めず、逃げず、他責に陥らず、自己責任で、利他主義で、愚直に進む。その実現に向けた意志は強い。強い意志で経営する。

なぜ「やさしい」と言うの?1人ではできない自分のビジョンの実現に向けて、ビジョンを信じて、賛同して共感して集まってくれた仲間という個性に感謝し敬意を持つ。だから「やさしい」のです。その仲間のつまづきや失敗、苦難や悩みを傾聴し、共感し、一緒に必ず乗り越えるべく取り組み、希望を与える。だから「やさしい」のです。自分の勝手なビジョンに馳せ参じてくれた仲間を信じている。だから「やさしい」のです。

「やさしい」リーダーは、自分のビジョンの実現に向け、仲間を引っ張り、成長させ、希望をもたせ、強い意志で経営する。ただ、1人では何もできないことを知っているから、大きな挑戦をしないといけないから、時に臆病になったり弱くもなりそうになるから、だから、集まってくれた仲間にやさしくなれるのです。

心が強くあるからやさしくなれる・やさしくなければリーダーではない。

2.「やさしいリーダー」は「勇気をもって事に当たる」ことができない?

経営での「勇気」は何だろう。リスクを負って何かをすること?ビビるようなリスク?。稲盛氏の本では、アメリカに挑戦したり、難易度の高いIBMの受注の話であったり、本当にできるかわからないけど(今は未だできないけど)必ず研究開発し、製造し、やり遂げるの精神で、仲間を鼓舞し、やり抜く話がある。

挑戦的な仕事を前にして、1.スタートする勇気、2.諦めずチームを率いて最後までやり遂げる勇気、これらを持とう、ということかな。

「やさしい」リーダーも同じです。「やさしいリーダー」も勇気を持って事にあたる。そもそも自分のビジョン、大義、信念を実現しようと事業をスタートさせたこと、勇気が要ります。「真の勇気とは、大義名分や信念を持った人間でなければ出せないのです」(「京セラフィロソフィ」(サンマーク出版))。

それに、1人だけならどうにでもなるけど、仲間を集め一緒にビジョンの実現を目指す。これも勇気が必要。他人であり、色んな価値観を持つ個性の仲間を信じること、これも勇気が要ります。

成功すれば飛躍する/失敗すれば会社が潰れる、こんな二者択一の時は挑戦するも勇気、無謀なリスクを取らないことも勇気。仲間のため、利他主義のため、ビジョンのために、選択する。そうであれば勇気。一方、利己的な自己満足的な独りよがりな選択をするには勇気はいらない。

なぜ「やさしい」と言うの?: リーダーが勇気を持って事にあたるから、仲間も勇気を持って事にあたれる。その仲間の勇気ある活動を、信じ、見守り、自らも時に汗をかき手を動かし手伝う。仲間の勇気ある挑戦が失敗に終わっても、自己責任と捉え、批判の対象とするのではなく、原因の整理や解決にフォーカスし、仲間が諦めずに次の挑戦に臨めるよう、強い心を持てるよう、受け入れ、鼓舞し、信じ、希望を運ぶ。だから「やさしい」のです。勇気を持って事に当たる仲間へのやさしさを意味しています。

仲間の勇気をやさしく支える・やさしくなければリーダーではない。

3.「やさしいリーダー」には「燃える闘魂」がない?

稲盛氏の人生は「燃える闘魂」人生だったろうと本から想像します。自分が世の中に対して正しい、少なくとも自分の個人的な利益のためではない、と信じていることに挑戦してきたから、燃えることができたのだと思います。善なる動機で、世のため・人のため、仲間のため、利他主義で、正しさを経営の原点に置く、ならば、そのビジョン、存在意義、目標などなどに迷いなく燃えられますね。ここが重要なのかな、と思います。

本当に世の中の役に立つのかわかりませんが、自分がそう信じて、迷いなければ燃えられますね。高校野球では無いですが学生時代にはあったそんな心を社会人になっても持つ。信じられる意義ある目標、正しい目標、思い込みかもしれませんが。

「やさしい」リーダーも同じです。「燃える闘魂」を外に強く出すかどうかはリーダーによります。心の中で静かに燃えています。大きな声や、威勢のある挙動、強い言葉を放つことがなくても、燃えているひとはいますね。自分のビジョンの実現、組織の存在意義の実現に向けて燃えています。諦めず、愚直に、希望を持って、前向きに、楽しんで、静かに燃えています。

なぜ「やさしい」と言うの?: 自分が思い立ったビジョン、組織のビジョンの実現のみならず、集まってくれた仲間の成長、その個々の個性の夢の実現に対しても、燃えている、燃える闘魂を持っている、という意味です。だから、組織と個性のバランスを考える。個性の成長・夢の実現に対しての挑戦を後押しして、悩みの解決に心を寄せて。だから「やさしい」のです。

仲間の夢の実現を支えるやさしさ・やさしくなければリーダーではない。

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