いつでも泣ける
娘中2、息子高1。
この頃は気持ちの整理もつかずnoteを書く気も失せ
特に秋から年末にかけてはなかなか難しい期間でした。
娘はさっぱり動き出さないし、息子は別の星の住人で交信不可能。
あっちが落ち着いたと思ったらこっち。
息子は高校生だし、どうするどうなる?!という
私の不安は最高潮。
毎日引きこもりから孤独死の動画を見る私。
お前がそんなことでどうするんじゃ。
私の心のマスターなんとかからもお叱りを受けます。
そうなんですが。
そうなんですけれども。
ここに来て闇期突入です。病み期かな?
このころもうどうしようもなくなって
私の実家にもざっくばらんに息子の事も言えるようになりました。
取り繕えなくなってきたんですね。
見かねた兄が母との二人旅を提案してきました。
しかも訳あって、毎月どこかしらに行く怒涛のツアーラッシュ。
正直、私は旅行なんて気分ではなく
えー。まあ親孝行旅はしてもいいんだけどお金ないし
そんなに行きたいところがあるわけでもないし
なによりうち、それどころじゃないでしょ?
まったく楽しめる気分じゃない。
今後の教育費だって未知数ですよ。
母も足が痛いの腰が痛いのとめんどくさそうです。
しかし、高齢の母と旅行出来る機会はそう残されてもいない。
健康寿命を考えても、今しかない。
さらに、兄がとっとと予約しちゃった(笑)
これは行くしかない。
最初は落ち着かなくて、
こんなことしていていいのか?
夫も子供も放置だし。子供はまあいいけど、夫には申し訳なさしかない。
でも夫はもちろん喜んで送り出してくれました。
(毎日変な動画とかみて落ち込むより断然良いという判断)
ひとまず子供の事はあっちに置いておいて、旅行のプランをたてます。
次の計画も目白押しなので、どこに旅行に行きたいのか、必死で考えました。
母にお伺いを立てるも、どこでもいいよ。
私の好きなところにすればいいよ。ですと。
けれどももう若いころと違ってなんにも出て来やしません。
私どんなところに行きたいんだろう?
それをきっかけに、自分が何をしたいのか、どんな風にどうやって過ごしていくのか、どうありたいのか、ようやく自分のことを考えるようになりました。
服とか化粧とかも、全然気にかけていなかったんですよね。
そういえば旅行なんて久しぶり、下着だって買い揃えなくちゃいけないようなありさまです。
自分のことを考えるのは人の意に添うように、慎重に生きてきた私にとって
なんだか居心地が悪いのですが
もう子供も親の手を離れようとしている今。
私が子離れしなければ。
脱過干渉!
旅に出てしまえば、日常から解放されて気分転換もでき、旅を楽しむ余裕も生まれてきました。
置いて行かれて不貞腐れた父親のケアもしてもらって、なんとか母ともけんかせず、たくさん話をして、愚痴も聞いてもらって。
兄にも夫にも感謝。
気持ちを落ち着かせるために物理的に距離を置くのは効果てきめんでした。
その頃心のカルテという映画を観ました。
摂食障害の女の子の映画です。
食べなければ死んでしまう。
入院させたって、点滴は抜いちゃうし、隙を見て吐いちゃうし
生きて欲しいと思うことすら親のエゴなのか?
見ていてとても苦しかった。
でも、彼女から見える生も世界もすべては彼女のものなんですよね。
母親のじゃない。
世界が美しいと思えなければ、生きようという力は生まれない。
いよいよもって手放さなければならないんだ。
もう、ここまできたら後は本人たちに任せよう。
いろんな意味で頼りない親だけど
子供たちだってまだ頼りないんだけど
子供たちに愛情持って、私たちの持てる全てを注いできたし
世界の美しさを、喜びを、私は精いっぱい教えてきたつもり。
もう、出来ることはそんなにないかもしれない。
子供たちは私の宝物だけど、
私は持っていると思っていた一つ一つを手放して、
結局最後まで持っていられるのは”自分”だけなのかもしれない。
いやそれさえも、なあんにも持ってはいないのかもしれない。
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