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PCRはPolymerase Chain Reactionの略である。

最近ニュースでたびたび見聞きするようになったPCR検査。知名度だけは上がりましたが、一方でどの程度の人がその仕組みを理解しているのでしょう。このPolymerase Chain ReactionことPCR法は発明者がノーベル化学賞を受賞している画期的な技術。せっかくなのでその原理に触れてみませんかという話です。

以下、説明を平易にするために厳密性に欠く部分がある点はご容赦いただければと思います。

PCRとは、ひとことで言えば生物の設計図であるDNAを増幅する技術です。

私たち生物は細胞でできています。人間はひとつの受精卵から始まり、細胞分裂を繰り返し、ざっと37.2兆個の細胞で人間としての機能と形を維持しています。細胞分裂を繰り返すとそのたびにDNAが半分に減ってしまうのかと言えばそんなことはありません。細胞にはDNAを正しく複製して正しく分配するシステムが搭載されているのです。

そのシステムの一部を工学的に再現しているのがPCRになります。PCRを理解するためにはDNAを複製するシステムについてもう少しだけ詳しく知る必要があります。

DNAはアデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グリシン(G)という4つの分子が繋がった紐のようなものです。これが設計図です。驚くべきことに複雑怪奇な私たち生物の身体の設計図は、実はわずか4種の並び替えで記述されています。

そしてDNAは二重螺旋構造をとっています。螺旋は一旦おいておくとして、DNAは2本の紐が1セットになっています。ニコイチなのです。

4つの分子には相性があり、AはTと、CはGとしか向き合う事ができません。この特性を持ち、ニコイチであるところが、非常によくできています。

例えば片方の紐が
ATACGTAGCCTG
であったならば、もう片方の紐は、
TATGCATCGGAC
でしかあり得ません。

勘のいい方はそろそろ複製方法が見えてきたでしょうか?

通常は
ATACGTAGCCTG
TATGCATCGGAC

とニコイチで存在している紐ですが、細胞分裂しようとする時に2つに分かれます。

つまり
ATACGTAGCCTG

TATGCATCGGAC
になります。

分かれた後に4つの分子を別途供給します。4つの分子はそれぞれに向き合える相手が決まっているので、
ATACGTAGCCTG
TATGCATCGGAC

ATACGTAGCCTG
TATGCATCGGAC
が新たに生まれます。これで正しく複製されました。あとは細胞分裂の際に正しく分配するだけです。すごくない? 生物すごくない??

細胞の中ではDNAの複製を厳密にコントロールしていますが、PCRではそれを細胞の外で半ば強引に引き起こします。

まずは温度を98度くらいにします。いきなり強引です。すると、2本の紐を1本にすることができます。以下、説明を単純化するために分かれた1本の紐で例を示します。

ATACGTAGCCTG

次に温度を55度くらいにします。すると、1本の紐が2本の紐に戻ろうとします。ここがポイントのひとつなのですが、このときに「TAT」という並びの短い紐を大量に共存させたとします。すると、長い紐より短い紐の方が戻りやすいので、うまく向き合える形で中途半端なニコイチができます。

ATACGTAGCCTG
TAT

次に温度を72度くらいにします。すると4つの分子がわらわら集まって繋がって……くれればいいのですが、ここは温度だけではどうしようもできないので、生物が実際に使っているシステムの一部を拝借します。それがポリメラーゼ(Polymerase)という物質です。PCRのPです。ポリメラーゼはニコイチの部分を検索して続きを繋げてくれます。

ATACGTAGCCTG
TATGCATCGGAC

次に温度を98度くらいにします。すると……もうお分かりですね。振り出しに戻ります。このようにして1サイクルで2倍に増える連鎖反応(Chain Reaction)を繰り返します。PCRのCとRです。

まとめるとPCRとは、
・増やしたいDNA
・短い紐
・4つの分子
・ポリメラーゼ
を混ぜて温度を上げたり下げたりするだけでDNAを倍々に増やせる画期的な技術です。目的にもよりますが30サイクル程度回しますので、反応効率が100%だとするとざっと10億倍に増えていることになります。この技術のおかげで、これまで微量すぎて扱うことが難しかったDNAを検出したり利用したりすることができるようになりました。

例えばウィルスのPCR検査が何をしているのかといえば、体内に侵入したウイルス由来のDNAを増幅してみて、あるのかないのかを判定しているわけです。

このように、普段私たちが軽々しく口にしたり、当たり前にできていることの裏には画期的な技術が山ほど詰まっています。もちろんあなたが本項を読んでいるそのデバイスにも。ところが技術詳細については専門でない限り知らないことがほとんどです。仕組みはどうなっているんだろうと首を傾げる習慣を身につけておくと、世界がどんどん広がるのではないでしょうか。私はそんな習慣を持った好奇心旺盛な人々が、次世代の技術を作っていくのだろうと思っています。

最後に、DNA Learning Centerが公開しているPCRの動画を紹介して終わります。

言語は英語ですがここまで読んでくださった方なら理解しやすいのではないかと思います。

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