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オオカミ村その十三

 ボジの夢

  北の国に近づくにつれて、太陽はだんだん低くなっていきました。「寒くなってきたな、北の国がちかづいてきたよ」と、ルカが言いました。ボジたちオオカミは寒さには強いのですが、「一等さん、こんな寒さははじめてです」と、仲間のオオカミがブルっと身をふるわせました。「ナルミ、寒くない?」と、ボジは話しかけました。「一等さん、大丈夫だよ。ちょっと寒いけれど、俺は皆よりも少し毛が長いだろう」と、ナルミは答えました。「銀色を帯びた灰色の毛は、ナルミさんだけだね。ふかふかで気持ちいいや」と、ルカがナルミのお腹に飛び込みました。

 ボジたちは、広い野原の中を歩いていました。遠くに小さな村の屋根が見えています。山に近いところには、水色に光った広い氷が広がっていました。寒さもいよいよ厳しくなり、風が吹いてきました。さえぎる樹のない平原に、風の音が舞っています。オオカミ村の皆は、寒さと眠いのをがまんして、なんとか大きな岩までたどりつきました。「みんな、いるね。ここで風がおさまるまで、休もう」と、ボジは言いました。ほっとしてオオカミたちは集まってきました。大きな岩はでこぼこしていて、ちょうど皆が入ることのできる丸いかたちになっていました。ルカは、皆が集まって丸くなっているなかで、すーすー眠りだしました。ボジは、いつもと同じように、一匹づつ仲間の様子を見てから、ナルミのそばで横になりました。ナルミのふかふかした毛にくるまって、ボジもほっとしました。眠りに入ったボジは夢うつつで、ふらふらと起き上がりました。皆が寝ているくぼみの奧に、小さな穴が現れ、ボジは、その中に吸込まれるように入ってゆきました。

 あたりは、白いけむりが立ちこめて、何も見えません。「暖かいなあ」と、ボジは見えないまま、進んで行きました。「あッ」と言う間に、ボジは、暖かい湯に落ちて行きました。ナルミの体温のように暖かい湯の中で、ボジは浮かんでは沈み地下の方へ吸い込まれて行きました。ボジは、自分の心臓の音を聞いていました。「とくとくとくとく」そこにもう一つ、また一つと、心臓の音が増えて行きます。目をとじたまま、地下の奥深くまで湯はボジを連れて行きました。「とくとくとくとく」という音は増えて、7つの心臓の音が聞こえています。ボジは「ぼくのきょうだいのようだ」と、思いました。「ぼくには、きょうだいがいないのに、なぜだろう」。ゆらゆらと、暖かい湯のなかで、心臓の音だけが響いています。

 「ボジ」と、呼ぶ声が聞こえたような気がしました。「おとうさん、おかあさん」と、ボジは、こころのなかで言いました「ぼくのおとうさんとおかあさんは、どこにいるんだろう」。ボジは、今までだれにも言えなかったことを、つぶやきました。底の方に沈んでいくと、いろんな生き物たちの声が聞こえてきました「オオカミたちが騒がしいことになっているよ」と、獣たちがいいました。「私も、遠吠えを聞いたわ」と、虫たちがいいました。「人間たちも、食べ物がなくなって生け贄をいっぱいささげているようよ」と、魚たちがいいました。「もう、オオカミは、わたしたちの歌を歌ってくれなくなったわ」と、鳥たちがいいました。「ほら、あの詩のうまいオオカミの子、ナルミが歌えなくなっているのよ」。「どうしたんだ?」と、皆いっせいに鳥たちにたずねました。「白ネズミの間で、なにかあったの。あいつのせいよ、キマ」。「変な鏡を使う人間の女と仲が良かったやつだ」と、がいいました。「そうだ、キマは紫玉にいつも餌をもらっていたよ」と、虫たちが言いました。「キマのまわりの白ネズミたちは、地下の外でもわるさをするようになったわ」と、鳥たちが続けました。「ナルミが歌えなくなったのは、キマがなにか?」と、魚たちがききました。「ここでいうと、ナルミがあぶないわ。ただ、ナルミのからだのなかには、白ネズミがいるの」と、鳥たちがいうと、生き物たちの声はだんだん遠ざかっていきました。

 「ナルミのからだに白ネズミが?」と、ボジはうすれていく声の反響の中で、まったく知らなかった秘密を知りました。また、「とくとくとく」という心臓の音が聞こえてきました。「かわいいボジ、あなたのおかあさんは、生きていますよ」と、心臓の音が語りかけてきました。「おとうさんは」と、語りかけると、元の心臓の「とくとくとく」という音にもどりました。暖かい湯は渦を巻いて、ボジをじめんへおろしました。ボジは、暖かい湯を見上げました。「不思議だな。水流が頭の上にあるよ」。地面と言っても、柔らかい岩が重なっています。しーしゅーと、煙があちこちから出ています。
「おーい、そこにいるのは、ボジじゃん!」と、突然大きな声が聞こえました。びっくりしたボジがふりかえると、おおきなかわうそがいました。「ポンちゃん、どうしてここにいるんだい!南の国に帰ったってきいてたよ」ボジも、大きな声でへんじをしました。

2021年3月13日改訂 2013年12月14日Facebook初出


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