見出し画像

カラダ作りに始まりも終わりもない

『カラダ作り』って聞くとみんな

「弱いところに筋肉をつける」とか

「太ってるところを絞る」とか

「ケガなどでいつも不調な部分を改善する」とか

その時目の前に現れた目標や問題に対して

短期間で集中して努力すれば

クリアできるものと思ってしまうよね。


僕もそう思う。一理ある。


でもこう考えてみてはどうだろう?


みんな、与えられたカラダは

人生に一つだけ。

生まれた時に包装紙から転げ出した

新品のねんど。

それを人生をまるまる掛けて

仕上げていくねんど細工。

一世一代を賭けた

至高の美術品ですね。


でも大体の人が

人生を半分くらい生きたと思うあたりで

「私のカラダ(ねんど細工)は

こんな風になっちゃったから

もう変えられないのよね〜」と

今の自分の状態は納得がいかない

けど修繕ももう効かないと

信じ込んでしまうよね。


僕は今40代前半。

子どものカラダを見て

「いいなあ〜(そのねんど)どうにでもなるよなあ〜」とも思えるし

逆に「まだ(そのねんど)何にもなってないし、何にも分かってないよね」

とも思える。


もっと高齢な方のカラダを見て

正直なところ

その年齢になってカラダを感じたわけではないから

(ねんどが)どういう状態なのか

今の自分には分かり得ない。


でもどの年代にしてもちゃんと見えます。

「どうしたいのか?」

「どうなりたいのか?」


その想いやイメージの強さと

それを実現させる知識と

継続できる努力があれば


ちゃんと結果は出ます。

変化は現れます。見えます感じます。


でも「これで完成」と言いきれる日は来ません。

来たら終わりです。


じゃあ楽しんでまいりましょう。

人生を賭けた

自分だけの「カラダ作り」を。


ノブオ

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?