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怒りの向こう側

Mさん。70代・男性。
呼吸器の病気があり、在宅酸素を使用。奥様が仕事をされているため、日中は1人自宅で過ごされていました。

病気がすすみ、少しの動作で呼吸苦が出現するようになり、今までは何とか1人で出来ていた事が1人で行うのが難しくなりました。
また、奥様の手を借りながらの入浴も、動作に伴う呼吸苦の為に困難となりました。

Mさんは、今まで1人でやってこられた方法や、こだわりが強くありましたので、ヘルパーさんの対応では身体のケアに関する援助は難しく、看護師の対応を希望され訪問看護が始まりました。

以前、お仕事では社会的にも活躍され、ご自宅内の様子を見ても、お元気な頃はプライベートでも多趣味で充実した生活を送られていた様子がうかがえました。

とても広いリビングにポツンと介護用ベッド。
ベッドの側にテレビ、尿器、電動車いすと在宅酸素療法の機器。

訪問看護の際には体調のチェックや自覚症状の確認や観察、食事や排せつ、睡眠などの生活状況の確認、在宅酸素療法の機器の確認や酸素ボンベの交換、ベッド上での洗髪や清拭、更衣、食事のセッティングや環境整備を行います。

Mさんは訪問するたびに私たちに怒りをぶつけてこられました。

「私は少し動いただけで苦しいんだ!」
「私がどうして苦しいか知っているか!看護師なら知っているだろう!」
「私にいちいち答えさせないでくれ!喋ると苦しくなるのがわからないのか!」
「物を勝手に触るな!置いてある場所には理由があるんだ!」
「しっかり準備してからやってくれ!こうやって待たされるのも苦しい!」
「手早くやればいいってもんじゃない。この慌てんぼう!」

Mさんの怒りのスイッチが入ると、粗い呼吸をしながらも喋りは止まりません。
喋れば喋るほど身体の酸素濃度は下がり、呼吸苦は増します。
Mさんの気持ちが落ち着いて酸素濃度が上がってくるまで、私たちはケアの手を止め、待つしかありませんでした。それは訪問のたびに繰り返されます。

それでも帰り際には、
「世話になった、ありがとう。次はいつ?」
そう言ってくださいました。

しばらくして、状態の急変で緊急入院となり、結局、私はMさんの怒りの奥にあった本音を聴けずじまいのまま、訪問は終了になりました。


Mさんの訪問看護は週2回、1週間に合計3時間ほどの関わりでした。
私たちが伺わない残りの膨大な時間。
Mさんは1人で過ごされる時間も多かったと思います。
1人呼吸苦に耐えながら車いすに乗り、何とかトイレに行く。
車いすで何とか台所まで行き、休み休み食事を温める。
1人で食事をする。食欲がない、食べられない。
歯磨きをしても苦しい。
苦しさで横になれない。
ベッドの背を上げたまま過ごす長い夜。
良いと思われることを調べ、試してみるも改善しない病状。
何をしても、いつも苦しい。
誰もわかってくれない。
助けてくれない。

どうして?
こんなはずではなかった・・・。

怒りの向こう側の本音・・・。


ずいぶん経ってから、Mさんが入院された病院の医師・看護師さんとお会いする機会がありました。
Mさんは緊急入院をされた後も、相変わらず病院の医師や看護師に怒りをぶつけられたそうです。

それでも、医師より病状や余命の説明を受け、治療と投薬コントロールにて症状や苦しさが和らいだ最期のほんの数日間だけ、穏やかに過ごされた時間があったそうです。

―どうか穏やかなときが続きますように―

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