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証言台

裁判。ほとんどの人があまり関わらないこと。傍聴好きで行く人もいるだろうけど、これは証言台に立たされたという話。

もう5~6年前になるかな。所属していたネットサービス企業の不正アクセスの案件なんかを担当していた時のこと。本業はセキュリティの仕事でして、はい。

当時から不正アクセスされましたというお客さんはそれなりにいて、被害に遭われた方は最寄りの警察署に相談に行く。で、捜査の中で僕らのような担当に捜査協力の依頼が来るのが通常の流れ。

協力することは不正アクセスの証拠になる資料を提供したり、知りたいことに答えたり。
その上で、最後の仕上げとして被害者の方や被疑者の証言なんかを盛り込んだ「調書」を作った上で訪問して来る。

それの読み合わせに近いことが行われ、最後にそれに署名をする。警察はそれをもって、起訴すべく検察に回すのだけど、僕ら担当者が裁判に呼ばれることはまずない。

ところが、厄介なことに署名した某事案において、ちょっと変わった弁護士により呼び出されることになってしまったのだ。

その弁護士と相対する検事に泣きつかれた僕は渋々中部地方のとある街まで出向かなければならなくなった(中部地方が嫌という意味ではなく)。

とある街のとある地方裁判所。建物は白を基調としたごくごくフツーの役所みたいな感じ。中にはいつくかの裁判部屋があり、入口横にはその日の裁判予定が書かれた複数の黒くてかまぼこの板みたいな立て札が錆びた金色のフックに無造作に掛けられている。事案〇号「〇〇〇〇」10時~といった感じ。

その「会場」に登場する役者たちは、ドラマとかでは「眼光鋭い検事」と「熱血漢で情に厚い弁護士」というのが定番だと思うのだけど、この時は全く逆。
「重箱の隅をつつく風変わりな弁護士」と「穏やかで人のよさそうな検事」という構図。

そんな役所ライクな地裁に着くと、既に電話でやり取りしていた検事さんと事前の打合せがスタート。

「今回は遠い所、はるばるすいません」
「いえいえ、こちらこそ」(120%の社交辞令でオトナの対応)
「電話でお伝えしたように厄介な弁護士でして、どうしても署名した人間を呼べと」
「あー、はい。そう言われていましたよね。検事さんも大変ですよね。少しでもお力になれればと思います」
「当然、被疑者もいるのですが、開廷すると手がつけられないくらい暴論を吐いてくるので困っているんですよ」(相当、てんやわんやのご様子)
「で、大声で変なプレッシャーかけてきます。失礼なことも言うでしょう。が、くれぐれも相手にはせず、冷静にご対応下さい。冷静に。カッとなったら相手の思う壺ですから」(この時は何を言っているのだろうと思ったが、本番になってこの意味を痛い程知ることに)

そんな打合せもほどなく終わり、いよいよ「開廷」。が、僕より先に到着していた同業者さんが呼ばれ先に入廷。小1時間くらいしたら出番ですからと控室に案内される。

ところが、1時間経っても2時間経っても呼ばれない。「どうした?ここまで来て、今日は出番なし?」と思っていたら、先に入った同業者さんがやっと出て来た。

が、かわいそうにげっそりして「お先に失礼します」と細い声で背中を丸めてしょぼしょぼと帰っていくではないか。顔は真っ青。パッと見、3~4キロ痩せたのではないか。それくらい、うなだれていた。

そして、いよいよ僕が呼ばれることに。同業者さんの姿を見て、戦々恐々としたのだが、今さら逃げられない。ましてやこちらは被疑者ではなく、イチ証言者。後ろめたいことは何もない。

「入廷」生まれて初めての裁判。ニュースとかで見たあの感じそのまま。裁判長が数段高くなった所に設置してある長テーブルの真ん中にドンッと座り、証言台から見て右手が弁護人席。左手が検事席。被疑者は弁護人席の前の黒いソファーにちょこんと座っている。

その彼はグレーのパーカーを着た20代半ばくらいの男性。確か調書で24歳と書いてあったような。不正アクセス犯につき、特に凶暴そうには見えず、普通の人。どちらかというとおとなしい印象。

さて、そして誰よりもガンガン目立っているのは弁護士。見るからにちょっと変わっている感じ。すすけた茶色のスーツはヨレヨレで、ネクタイもちゃんと締めきれていず、首元で右にグニュッと曲がっちゃっている。

冒頭、裁判長から「宣誓」を求められる。海外ドラマとかでもよくあるシーン。「嘘を言わないことを約束すること」というやつ。もちろん、僕も宣誓した。

儀式が済んだ所で、裁判長が簡単に今回の事案の概要を説明し、試合開始。
弁護士先生、いきなりの先制パンチ。宣誓した後すぐの先制パンチ。

「お宅では〇〇というキャンペーンを行っていますよね?」(他と勘違いしている模様)
「そんなキャンペーンは知りません」(本当に知らないというかやっていない)
「そんなはずはありません。私は事前に検索して調べて来たのだ」(強めの語調。検事さんが言っていたのはこれか)
「でも、本当に知りません」
「本当に知らないのですか?嘘を言っているなら、重大な問題ですよ」裁判長が割って入る。こちらが被疑者のような感じ。で、本当の被疑者は下向きながらニヤニヤしている。
「はい、本当に知りません」(なんなんだよ、このやり取り。あと、被疑者。ニヤニヤしてんじゃねぇ。お前の裁判だろーがと心の声)

弁護士はこのキャンペーン中に行われた不正アクセスだと思っていて、そういうことが起きないための対策やら含めて、提供側の考えを聞きたかったのだと思う。

その後も根掘り葉掘り執拗にいやらしい質問を浴びせてくる。
「そもそも、しっかり対策していないから被害に遭う人がいるんでしょ?」
「いえ、対策は色々とやっています」
「やっていたら、こんなことは起きないだろうが!」(わざと?相当の大声でほとんど恫喝。こういうの裁判で許されるんだ・・・)
「100%防ぐのは無理でも、出来る限りのことはやっています」
「完全に防げないから犯行する人も出て来るんだろうが!完全に防げるなら、犯行に及ぶ人も現れないんだよ!」(もう無茶苦茶。怒りを通り越して、吹き出しそうになる)

そして、もうそろそろ終わるのだろうと思った最後の方で「そもそも、こんな担当者を寄越したお宅の社長がどうかしているんだよ」と吐き捨てるようにクレイジー発言。

裁判長は黙っている。検事さんは目配せで「ガマンガマン」と合図を送って来る。被疑者は長い裁判に飽きたのかポケッとしている。

(呼びつけたのはお前だろ。社長関係ないだろ!)もう爆発寸前。

今すぐグーで弁護士に殴りかかりたかったが、ジッとガマン。相手の挑発に乗ったらそこで終わり。検事さんにも迷惑を掛けてしまう。

最後の尋問、いや質問となった。
「どうして、みんな不正アクセスされちゃうんでしょうね?」(不正アクセスする奴がいるからだよという発言はこらえ)
「みなさん、各サイトで同じパスワードを使い回しているので、ひとたびパスワードが漏れると、かたっぱしからトライすればログイン出来てしまうことがあるのです。このケースがほとんどですね。技術的には防ぎづらいので、他のサービスと同じパスワードは使わないように広くお知らせしています」

「以上で質問を終わります」
どうやら弁護士は、裁判長にお客さんに過失があることを示したくて僕ら担当者を呼びつけたらしい。いやいや、一番悪いのはそういう状況を知って、不正にアクセスしている奴らだからな。

開廷中、あまり被疑者のことは見ないようにしていたのだが、この最後の回答をした際にちらりとその彼を見た時に、「うんうん。そうそう」みたいな表情をしていたのは印象的で今でも忘れない。こいつしっかり分かっていやがるなと。

その裁判の行く末は興味もなく、追いかけはしなかったのだが、帰り際、検事さんから深々と頭を下げられ「本当に良くガマンしてくれました。ありがとうございました。同業者さんはかなりこっぴどくやられてしまい、かわいそうだったのですが、上手く逃げ切っていただけたと思います。本当に助かりました」と言われ、後味は悪くはなかった。

この後、他の案件で裁判に呼ばれることはなかったが、貴重な経験になったのかもと思うと良かったとも考えられる。

数日後、偶然「東京からネットサービス企業の担当者呼びつけてやったで、すごいやろオレ」的なブログを発見し、なんだかなと思ったと同時に世の中、色んな人がいるもんだなと。

なんにせよ、裁判とは関わらない平穏な生活を送りたいもんですね。

これにて「閉廷!」

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