試し読み『This is Service Design Doing─サービスデザインの実践』日本語版序文
2020年2月に刊行した書籍『This is Service Design Doing─サービスデザインの実践』から、本書の監修者であり日本でのサービスデザイン普及を牽引してきた株式会社コンセント代表/武蔵野美術大学教授の長谷川敦士さんによる日本語版序文を公開します。ビジネスにおける「ニューノーマル(新しい常識)」としてのサービスデザイン、という視点を示していただいています。ぜひ読んでみてください。[村田]
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日本語版序文
ThinkingからDoingへ
本書『This is Service Design Doing(TiSDD)』は、2010年に発刊された『This is Service Design Thinking(TiSDT)』の著者らによる同書の続刊となり、原著は2018年に発刊された。『TiSDT』はちょうどサービスデザインが世界中で一般化していったことに伴い、サービスデザインのバイブルとして活用され、2013年に日本語版も刊行された。なかでも、サービスデザインとは何かを示すものとして、以下の「サービスデザイン思考の5原則」がよく知られることとなった:
1 ユーザー中心
2 共創
3 インタラクションの連続性
4 物的証拠
5 ホリスティックな視点
この5原則は、サービスデザインアプローチで重視している点や特徴をうまく表しており、サービスデザインの普及において役立てられた。本書では言い回しなどに修正が加えられ、以下の「サービスデザイン思考の6原則」にバージョンアップされている:
1 人間中心
2 共働的であること
3 反復的であること
4 連続的であること
5 リアルであること
6 ホリスティックな視点
「反復的であること」が追加され、より実践が意識される項目となったが、基本の考え方は変わっておらず、本書においてのサービスデザインとは何かの考え方は前著を継承していると言える。
しかしながら本書『TiSDD』では、このサービスデザイン思考の原則のみにとらわれることなく、より「実践(Doing)」が意識される内容となっている。そのため本書では、新たに「サービスデザイン実践の12戒」が提唱されている:
1 呼び名は何でもいい
2 ヘタクソな第一稿を作れ
3 ファシリテーターであれ
4 不言実行
5 「イエス、アンド……」と「イエス、バット……」
6 正しい解決策を見つける前に、正しい問いを探れ
7 実環境でプロトタイピングせよ
8 1つのことにすべてを賭けるな
9 大事なのはツールを使うことではなく、現実を変えること
10 イテレーションの計画を立て、改善せよ
11 ズームイン、ズームアウト
12 すべてサービスである
事業者、エージェンシー、研究者によって構成されるサービスデザイン実践者の国際組織Service Design Network(SDN)は、年に一度サービスデザインについての国際カンファレンスService Design Global Conference(SDGC)を開催している。2018年にダブリンで開催されたSDGC18では、本書の著者マーカス・ホーメス氏、ヤコブ・シュナイダー氏によって「実行こそが難しい─サービスデザインの12戒」と題する基調講演が行われた。著者らはこの講演のなかで、本書の執筆過程などを紹介しながら前述の12戒を紹介した。ここでも終始、サービスデザインはすでに導入を試す段階ではなく、組織内で展開し成果を出していくフェーズであることが強調されていた。
定義の議論よりも実践を
近年、日本でもサービスデザイン導入の機運が高まっており、さまざまな実践が試みられている。民間企業では、事業者、エージェンシーともにサービスデザインを冠する部門は広く見られるようになってきた。また2017年には、本書の事例にも登場するUKの政府デジタルサービス(Government Digital Service:GDS)に相当する日本の内閣官房IT総合戦略本部の「デジタル・ガバメント推進方針」にもサービスデザイン思考の導入が明記されるなど、民間のみならず公共サービスの分野でもサービスデザインへの注目が高まっている。
そういったなか、サービスデザインとは何なのか、何がサービスデザインで何がサービスデザインではないのか、という「定義」についての話題は常に問題となる。実際、サービスデザインの他のデザイン領域との関係性、マーケティングやブランディングとの相違点、求められる機能など、議論すべきポイントは多い。
本書はサービスデザインのガイドブックとして位置づけられているが、本書の名称にはこういった定義や領域などをめぐる不毛な争いに対しての著者らの思いが込められている。つまり、「定義はどうでもいいから、さっさと実践(Doing)せよ」というメッセージだ。
サービスデザイン分野は他のデザイン領域に対して比較的歴史は浅く、現在活躍しているサービスデザイナーもグラフィックデザインやプロダクトデザインなどさまざまな領域の出身者で占められている。したがって当然考え方やアプローチなどには個性があり、定義やアプローチをそろえようとすると宗教論争のようになってしまう。そういったなか、成果を出している実践者らは、本書でも示される「バウンダリー・オブジェクト」としての機能が達成できる程度での合意が得られれば、用語の使い方や手法などにおいて多少厳密性を欠いても進めてしまう、というやり方をとっている。「バウンダリー・オブジェクト」とは、異なる立場や言語をつなぐための触媒となる「もの(オブジェクト)」のことであり、領域は立場を横断してプロジェクトを推進するサービスデザインにおいては重要キーワードとなる。本書の執筆協力者には第一線で活躍する膨大なサービスデザイナーたちが名を連ねているが、現在のサービスデザイン領域でのこういった姿勢は、すべての執筆者・執筆協力者の発言からも読み取ることができるだろう。
サービスデザイン実践のためのコア能力
実際にサービスデザインを実践するとはどういうことなのだろう。本書でもたびたび述べられているように、サービスデザインプロジェクトはさまざまな形態をとり、プロジェクトごとに使われる手法も異なる。そういったなかで、サービスデザインの実践においては、適切なプロジェクトを設計し、予算を獲得したうえで探索的かつ反復的なプロセスを進めなければならない。このプロジェクト設計は、サービスデザインプロジェクトの要とも言えるものだ。なぜなら、ほぼすべての組織においてプロジェクトの推進には計画が求められ、その意味でサービスデザインプロジェクトの設計とは、サービスデザインの実践と組織とをつなぐ接点となるものだからである。
では、どうすれば探索的なサービスデザインプロジェクトを実践的に設計できるのだろうか。そのためには、手法を組み合わせるための全体としての枠組みの理解が求められる。本書では、第4章でサービスデザインアプローチの根幹の考え方とそれにもとづく個々の手法との関係が示されている。この概念の理解と経験にもとづく分野や組織ごとへのチューニングとによって、与えられた状況に対しての適切なプロジェクト設計が可能となる。この能力を鍛えるためには、実際に状況に対してプロジェクトやタスクの設計を実践してみることが最も効果的となる。プロジェクト全体でも探索フェーズでも、アイディエーションフェーズでも、どの段階でも、求める結果は何なのかを明らかにし、そこを目指すために最も効果的と考えられるアプローチを選択する。そして実際にプロジェクトを実践してみながら、当初の意図がどの程度実現できたのかを振り返り、想定と異なっていた場合にはどういった要素がその要因となっていたのかを把握する。この繰り返しにより、状況に対してどういったサービスデザインプロジェクトが適切であるかを見極める能力を身につけることができるようになる。これは、サービスデザインアプローチへの信頼(Confidence)ということができるだろう。この「信頼」を持つことによって、想定外の状況にも対応できるようになり、サービスデザインプロジェクトのリードをとれるようになる。 この時注意しなければならないのは、常に気にすべきは手法やツールではなく、その結果として何をしたいのかというゴールの設定である。調査もカスタマージャーニーマップ作成も、その活動自体はゴールではなく、何か意図を持って活動を実施しなければならない。状況としていちばん良くないのが、ツールを組み合わせてプロジェクトとして実施してしまうことだ。調査をしてペルソナを作ってアイデエーションをすれば、なんとなくプロジェクトを遂行した気持ちにはなるが、あくまでそれっぽい活動の域を超えることはできない。本書も個々の手法を学ぶのみならず、そういった手法を組み合わせて何をやろうとしているのかという意図を読み取ることで、より実践的な学びを得られるだろう。
そういった意味で、本書はサービスデザイン入門のガイドブックでありながら、実践者にもぜひ読んでもらいたいものとなっている。すでに本書で紹介されている手法を日々活用している実践者にとっても、先述のメタ的な学びも含め、自身のアプローチを客観視してとらえなおすための良い機会となるはずだ。
サービス・ドミナント・ロジックとサービスデザイン
本書でもコラム的に扱われているサービスデザインとサービス・ドミナント・ロジックの関係について補足しよう。「サービスデザイン」と「サービス・ドミナント・ロジック」は、同じ「サービス」という言葉を冠しているが、別の流れで進化してきた概念である。サービスデザインは、当時IBMの副社長だったリン・ショスタック氏のサービスブループリントによるサービスの可視化・分析を提案した論文「How to Design a Service(いかにサービスをデザインするか)」に端を発し、利用者を重視する態度である「人間中心デザイン(Human Centered Design:HCD)」をアプローチの基軸にしながら、デザインが得意とする「可視化」「プロトタイピング」を活用するアプローチであると言える。
人間中心デザインのビジネス活用としては、グローバルなデザインファームIDEOとスタンフォード大学d.schoolとで体系化した「デザイン思考」アプローチがよく知られているが、サービスデザインアプローチもデザイン思考と同様に人間中心デザインのビジネス活用としてとらえることもできる。サービスデザインはこういったデザインの考え方や手法を活用しながら、共創的にサービスシステムを作り出すアプローチとして進化してきたと言える。
これに対し、サービス・ドミナント・ロジック(Service-Dominant Logic:SDロジック)は、本書中でも示されているように、マーケティングの新しい概念としてスティーブン・バーゴとロバート・ラッシュ両教授によって2004年の論文「Evolving to a New Dominant Logic for Marketing(マーケティングの新しい支配論理への進化)」において提唱されたものである。
詳しい説明は本文に譲るが、SDロジックは、ビジネスにおけるいわゆる「もの」から「こと」へのシフトを理論化したものと言える。しかし話はそう単純ではなく、構造は若干複雑になっている。SDロジックの対になる概念としてはグッズ・ドミナント・ロジック(GDロジック)があるが、GDロジックとSDロジックは「もの」と「こと」の対比ではない。SDロジックにおいては、従来の「もの」を売るビジネスとサービス提供のビジネスの両方がGDロジック型として位置づけられる。
では、SDロジックとは何なのか。SDロジックでは、ものを売るビジネスもサービスを提供するビジネスも、すべでビジネスはサービスであると考える。そして、価値は市場における行為者(actor)によって共創されるという点が強調されている。ここで言う「行為者」とは、事業者、消費者の双方が含まれる。つまり、これまで事業者が消費者に価値を提供する、と考えていたのに対して、価値というものは使われる際に初めて価値として認識され、それによって価値が生まれるとされる。この価値共創の視点がSDロジックにおいては要点であり、これゆえに本文でも示されているように、「サービスデザインは人が作った制度と制度配列を調整し、価値の共創を可能にするプロセスである」と言うことができる。
先に述べたように、サービスデザインとSDロジックは独立して議論されてきた背景がある。しかしながら、価値を共創するという考え方、提供者と消費者という関係性をより包括的(ホリスティック)にとらえて、生態系的にとらえるという考え方など共通点が多い。双方の今日的な考え方に時代が追いついてきたと言うこともできるだろう。そして、サービスデザインがサービスの実現のためのアプローチであり、SDロジックは事業者がこれからの事業をとらえるための 新しいパラダイムを示しているという役割分担によって、本書でも指摘されているように、サービスデザインとSDロジックとは「完璧な組み合わせ」として理解することができるのである。そしてまた、このSDロジックの時代のビジネスの新しい常識(New Normal)としてサービスデザインが位置づけられると言うことができるだろう。
日本では、サービスデザインとSDロジックとは比較的初期から同時に議論されてきたこともあり、日本のサービスデザイン実務者のなかではSDロジックは認知されていると言える。しかしながら、SDロジックはまだマーケティング領域や経営の領域において普及しているとは言えない。特に製造業が多い日本の産業においては、これからサービスデザインとともにSDロジックもより理解され、議論していく必要があるだろう。
「ニューノーマル」としてのサービスデザインへ
最後に、本書の構成について説明しよう。本書の前半は、なぜサービスデザインなのか、サービスデザインとは何なのか、という導入に続いて、サービスデザインの主要な活動について解説されている。第1章、第2章では、なぜサービスデザインが必要なのか、サービスデザインとはどういったものなのかといった概要や、一般的な説明を知ることができる。活動の全体像について知りたければ、第3章「サービスデザインの基本ツール」と第4章「サービスデザインのコアアクティビティ」が参考になるだろう。各フェーズでの手法や活動については、第5章「リサーチ」、第6章「アイディエーション」、第7章「プロトタイピング」、第8章「実装」の各章で詳細に解説されている。これらの各章では手法やツールが紹介されているだけでなく、どうしてそれらが必要とされるかについても解説されている。この導入のためのストーリーは、組織やクライアントにこれからサービスデザインを導入しようとしている人にとって参考になるだろう。また、本書で紹介されている手法やフレームワークなどについては、本書のサイト(英語版)にて、より詳細な解説を読むことができ、ツール類のテンプレートはダウンロードすることができる。
特に本書を特徴づけるものは後半にある。サービスデザインとマネジメント、ワークショップファシリテーション、サービスデザインのための環境作り、そして組織へのサービスデザイン導入と、手法を実践する担当部門やエージェンシーが、サービスデザインを組織全体へ展開していくために必要な考え方や手続きが詳細に解説されている。実際、前述のSDN内での議論およびSDGCにおいても、サービスデザインの非デザイナー(すなわち組織全体)への展開や、サービスの継続性が論点となっており、これはサービスデザインの手法を活用する次のステップとして理解することができよう。
本書で紹介されている実践はすでに、サービスデザインというよりもデザインを活用した新しいイノベーションのアプローチ、もっと言えばプロジェクト一般のあり方とも言える。本書では、カスタマージャーニーマップや発想法などのツールは、先述したようなバウンダリー・オブジェクトとして役立てるためにあることが強調されており、徹底して「ツールはコミュニケーションのためである」という姿勢が貫かれている。このようにとらえると、本書およびサービスデザインのアクティビティは、単にサービスビジネスを開発するためだけではなく、課題一般を解決するためのアプローチとして、あるいは組織がゴールに向かっていくためのアプローチとしても活用できることがわかるだろう。
本書のテーマとなっている、プロセスを共有することの価値、最適解を出すためではなく共創のためのサービスデザイン、という考え方は、トップダウンを超えた自律分散型のこれからの組織構造のあり方にもつながるものと言えるだろう。そういった意味で、サービスデザインとはこれからの働き方を示しているとも言える。本書のなかでも高校での授業にサービスデザインが取り入れられるという実践例も紹介されているが、SDN代表のビルギット・マーガー氏が常々口にするように、すでにサービスデザインはニューノーマルになりつつある。本書がさまざまなところで活用されることを期待している。
長谷川敦士, Ph.D.
インフォメーションアーキテクト
Service Design Network日本支部共同代表/コンセント代表/武蔵野美術大学造形構想学部教授
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Amazonページはこちら。電子版(リフロー形式)は近日中の予定です。