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アクティブラーニングから見るオンボーディング

オンボーディングとは何か

オンボーディングとは、組織の社会化とも呼ばれ、新入社員が組織の一員として、活躍するために必要な知識・スキル・行動を身につける仕組みのことです。
このプロセスには、新入社員を新しい仕事や組織に紹介するための正式なミーティング、講義、ビデオ、印刷物、コンピュータベースのオリエンテーションなどがあります。研究では、これらの手法が新入社員にとって、仕事の満足度の向上、仕事のパフォーマンスの向上、組織のコミットメントの向上、職業上のストレスや辞める意思の減少などのプラスの結果につながることが実証されています。(Wikipediaの意訳)

Onboarding
https://en.wikipedia.org/wiki/Onboarding

ちなみに社会化とは、個人がその所属する集団の構成員になっていく過程のことを言います。つまり日本で言うと、新入社員・中途入社の方が社畜化していく工程のこととも言えますね。

しかし、今回は組織管理に関するオンボーディングではなく、新規ユーザーをサービスに適応させるプロセスとしてのオンボーディングの話をしたいと思います。


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Google トレンド でカスタマーサクセスとオンボーディングを比較した図です。カスタマーサクセスとオンボーディングに相関関係が見えます。私の体感的にもカスタマーサクセスの注目と共にオンボーディングというワードが増えたと感じていたので違和感は感じません。ただ、2014、15年頃はオンボーディングといえばチュートリアルみたいな風潮を感じていましたが(アプリ界隈)、今はチュートリアルだけなく利用者にサービスを慣れてもらうこと、までを指していることが多くなったので個人的には嬉しいです。

サービスにおいてのオンボーディング

オンボーディングの目的は、契約初期の顧客に成功体験をしてもらい解約率を下げ、顧客満足度を上げることです。そのため、初回体験だけでなく長期的な顧客関係の構築になります。

そのために何をするか
・ユーザーにサービスの価値を伝える
・ユーザーに使い方などを説明し、サービスに慣れてもらう
・サービスを利用してもらう上で必要な情報を取得する
などがあります。

また、顧客のLTV(顧客生涯価値)ごとでオンボーディングの仕方も異なってきます。

ハイタッチユーザーのオンボーディング

高いLTVが見込める顧客層です。
俗に言う「大口顧客」に対して行われます。多くの場合専任の担当が付き、コストをかけて手厚いサポートを行います。
・訪問による導入支援や勉強会
・定例会の開催、定期的なフォロー
などを行い、サービスの利用頻度に応じて対処していき顧客の成功体験に向けて伴走していきます。

テックタッチのオンボーディング

LTVがもっとも低く、数が多い顧客層です。
システムやITテクノロジーを活用して、なるべくコストやリソースをかけずに行う顧客対応になります。
・チュートリアル
・メルマガ、プッシュ通知
・サポート資料、動画の提供
などを実施し、LTVは低いものの母数が大きいので、ロングテールで事業利益に貢献するユーザー層に対して用いられる手法です。

他にもロータッチがありますがここでは省きます。
施策の範囲は以下のようになります。

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このようにオンボーディングと言っても顧客セグメントごとにアプローチ方法が異なってきます。

気になる方は、以下の本の中に詳しく書いてあるのでおすすめです。
カスタマーサクセス界では「青本」と呼ばれているカスタマーサクセスのバイブルです。


また顧客セグメントではなく、利用フェーズごとでもアプローチが異なってきます。代表的なのは、顧客の行動モデルを表したAARRR(アー)やAIDMA(アイドマ)、AISAS(アイサス)、DualAISAS(デュアルアイサス)、DECAX(デキャックス)などがあります。このフェーズごとでユーザーの理想の状態を定義するのが体験デザインでは重要になってきますが、今回は記事の射程ではないので省きます。機会があれば記事にしたいと思います。

「ユーザーセグメントと施策の範囲」を見てわかるように、ハイタッチのオンボーディングはコストをかけることができます。そのため、施策は総力戦(部署横断の取り組み)になります。特に、オンボーディングプロセスが重要で、会社としててオンボーディングの定義や姿勢などの、方針は統一できますが、実行手段は顧客ごとに変わっていくので単一的にすることは難しいです。私が聞いた話ではセールスフォースはカスタマーサクセスフェーズにUXデザイナーを入れて、個別にオンボーディングプロセスやプログラムを組んでいました。

オンボーディングでは、行動経済学、認知心理学、マーケティング学、デザイン学、社会科学などあらゆる知見を集約した総合格闘技が行われています。
このオンボーディングプロセスこそが優れたユーザー体験の基盤を作り、ジャーニー全体の成功を左右する重要な要素となります。

今日はそのオンボーディングにおける3つのポイントを紹介したいと思います。

補足資料
PwC Japanグループが先日公開した調査レポート
顧客エンゲージメントの最適化‐企業収益に貢献するカスタマーサービスの創り方‐の中に、従業員のヒューマンタッチなやりとりが顧客体験の重要な要素だと記載してあります。ハイタッチのオンボーディングで従業員の役割が体験を作る上で重要になってきています。

以下の図はその上記資料の抜粋です。

オンボーディングの際に考慮したい3つのポイント

1.アクティブラーニング(主体的・対話的で深い学び)

アクティブラーニングとは、学習者が能動的に学習に取り組む学習法のことです。欧米ではアクションラーニング、もしくは参加者中心型学修(Participant Centered Learning)などとも呼ばれています。アクティブラーニングの特徴は「正解がない」議論を教師がハンドリングし、教師の役割が答えの提供者ではなく、議論の推進者であり、サポーターでありファシリテーターになる点です。生徒と一緒に考え、議論の中からオンリーワンの答えを引き出し・導く能力が必要になります。

文部科学省:教育課程企画特別部会 論点整理 補足資料(5) の中に、ベンジャミン・ブルーム氏の改訂版教育目標の分類学の図があります。

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参照 文部科学省:教育課程企画特別部会 論点整理 補足資料(5)

ベンジャミン・ブルーム氏はアメリカの教育心理学者で1956年にタキソノミー(教育目標の分類学)を発表しています。
改訂版は、思考の内容である「何を知っているか」を追加し、問題解決で使用するプロセスである「いかにして知っているか」と区別しました。

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文部科学省:教育課程企画特別部会 論点整理 補足資料(5)を
もとに筆者が作成

知識次元(縦列:何を知っているのか)
事実的知識:単語の定義やある事柄についての知識を知っている
概念的知識:分類や区分といった系統的な情報を知っている
処理的知識:経験則やパターン、利用シーンを知っている
メタ認知的知識:これらの過程をいかに効果的に操作するかという情報や思考プロセスについての知識を知っている(内省による自分自身の認知の理解)

Intel Education: 効果的なプロジェクトの設計: 思考スキルの構造
ブルーム分類学: 定番の方法を新たに見直す

認知過程(横列:どのように知っているのかという、知識を得てそれを理解し、応用して、最終的にはそれ自体について評価を下すようになる過程)
知識:情報や概念を想起する
理解:伝えられたことがわかり、素材や観念を利用できる
応用:情報や概念を特定の具体的な状況で使う
分析:情報や概念を書く部分に分解し、相互の関係を明らかにする
総合:様々な概念を組み合わせて新たなものを形作る
評価:素材や方法の価値を目的に照らして判断する

としています。また、学習プロセスの例として
動機付け ⇒ 方向付け ⇒ 内化 ⇒ 外化 ⇒ 批評 ⇒ 統制
のプロセスを例示しています。

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参照 文部科学省:教育課程企画特別部会 論点整理 補足資料(5) 

動機付け
主題に対する意識的・実質的な興味を喚起すること。学習者が、これまでの知識や経験では目の前の問題に対処できないという事態に直面すること。

方向付け
問題の解決を目指して学習活動を始めること。問題の解決に必要な知識の原理と構造を説明する予備的な仮説(モデル)を形成すること。

内化
問題の解決に必要な知識を習得すること。新しい知識の助けを借りて、予備的なモデルを豊かにしていくこと。

外化
習得した知識を実際に適用して問題の解決を試みること。問題を解決し、現実の変化に影響を及ぼし革新を生じさせる際に、モデルをツールとして応用すること。

批評
問題の解決に知識を適用する中で、知識の限界を見つけ再構築すること。自分の獲得した説明モデルの妥当性と有効性を批判的に評価すること。

統制
一連のプロセスを振り返り、必要に応じて修正を行いながら、次の学習プロセスへと向かうこと。

以上のようなプロセスをへて学習者を自己調整学習の状態に持っていこうとしています。

コトバンク 自己調整学習
https://kotobank.jp/word/%E8%87%AA%E5%B7%B1%E8%AA%BF%E6%95%B4%E5%AD%A6%E7%BF%92-2099773

自己調整学習を身につけている学習者は,メタ認知,動機づけ,行動の三つの過程において能動的に関与しており,これらの過程が相互に機能することによって効果的な学習成果がもたらされるとしている。
メタ認知の過程では,学習目標を設定し,自己をモニターしながら認知活動を行ない,学習成果を自己評価することで,学習過程をつねに自覚しながら主体的なかかわりをもとうとする。動機づけの過程では,学習意欲を高くもつことで学習に対する努力と忍耐力を維持していこうとする。行動の過程では,学習に適した環境を選ぶ,学習に必要な情報や援助を求めるなどの具体的な行動を実行することで目標を達成しようとするものである。

この関係を教師と生徒ではなく、カスタマーサクセス担当者と顧客で捉えるとまた、新たな視点から物事を見ることが出来ます。

もう一つ抑えておきたいのはラーニングピラミッドです
ラーニングピラミッド
とはアメリカ国立訓練研究所(National Training Laboratories)が提唱した、学習定着率を表す「ラーニングピラミッド(Learning Pyramid)」のことです。

Lecture(講義)…5%
Reading(読書)…10%
Audiovisual(視聴覚)…20%
Demonstration(実演説明)…30%
Discussion Group(議論し合うグループ)…50%
Practice Doing(練習)…75%
Teaching Others(他者に教える)…90%

講義だけだと学習定着率は5%ですが、他者に教えることで90%なります。
上記をふまえて、記憶に残るオンボーディングプロセスを設計する必要があります。
注意して欲しいのは、ラーニングピラミッドの真偽は諸説あるため、あまり信用しない方がいいということです。

ただ、経験則的に「講義」より、「他者に教える」方が定着率が高いのは納得感はあるし、他者に教えることで記憶が長期記憶である「宣言的記憶」になるので忘れづらくなるのは事実です。
さらに、他者に教えることで「身体化」が期待できます。

仲間と一緒に何かをするには身体化が必要なわけですよね。ーーーーーー。
お互いがあるプロセスを分担しながら、ひとつの生き物のように目的にアクセスするような身体感覚です。


ラーニングピラミッドの誤謬: モデルの変遷と "神話" の終焉へ向けて
https://kojitsuchiya.wordpress.com/fallacyoflearningpyramid/

ラーニング・ピラミッドは眉唾だ
https://askoma.info/2015/04/29/1080

2.エビングハウスの忘却曲線

次は、みんな大好き忘却曲線です。メルマガの施策や、復習のタイミングでよく参考にされる曲線です。

これは節約率が高いほど再学習にかかる時間や負担が少ないため、覚えている割合が高いと推測できますが、正確な記憶率や忘却率をあらわすもではありません。

20分後には節約率が58%
1時間後には節約率が44%
9時間後には節約率が35%
1日後には節約率が34%
2日後には節約率が27%
6日後には節約率が25%
31日後には節約率が21%
節約率とは一度記憶した内容を再び覚え直すまでに必要な時間(または回数)をどれくらい節約できたかを表す割合です。


自社と顧客にとって効果的な活動をするには、相手が人間である場合、記憶のメカニズムに基づいた方が有効的なので知っていて損はないと思います。

3.Fogg’s Behavior Model(フォッグの行動モデル)

最後は、フォッグの行動モデルです。
Brian Jeffrey Fogg氏はスタンフォード大学の教授で行動デザイン研究所を設立した人でもあり行動デザインに関するエキスパートです。

フォッグの行動モデルとは
行動(Behavior)を以下の3つの要素に分け考えます。この3つが揃えば人は行動し、1つでも足りなければ行動におこなさないとしています。
動機(MOTIVATION) 行動をしたいというモチベーション
実行能力(ABILITY) 行動することが可能である能力/低い行動障壁
きっかけ(TIGGER) 行動しようと思うトリガー

行動 = 動機 × 実行能力 × きっかけ

B.J.Fogg氏は3つの要素のうち、コントロールしやすいのはABILITY(能力や容易さ)で簡単なことから始めると習慣になりやすくなると言っています。

つまり、相手に行動して欲しいなら、
行動の動機付けをどうするか行動への障壁をどう低くするかきっかけは何にするかの3つだけを考えれば良いというわけです。とてもシンプルです。


Forget big change, start with a tiny habit: BJ Fogg at TEDxFremont


フォッグの行動モデルをオンボーディングで活用するには

動機(MOTIVATION)

顧客がなぜこのサービスを使おうと思ったのかを理解し、なるべくモチベーションを上げるアクションを行う。
例)顧客の状況整理を行い課題解決までの納得したプロセスの形成等

実行能力(ABILITY)
サービスに対する顧客のある程度の理解と、なるべく低い利用・導入障壁の設定。
例)プロダクト自体をシンプルする、またはオンボーディングの目標設定を複雑にしすぎない、高くしすぎない等

きっかけ(TIGGER)
顧客がサービスを想起するきっかけを至る所に作る。
例)定期訪問、トリガーメール、定期ヒアリング、プッシュ通知等

ここでも注意したいのは、顧客のセグメントの切り方で実行する「 動機 × 実行能力 × きっかけ」が異なってくるということです。
例えば動機付けが低い顧客に対して、動機付けが高い顧客と同じサービスへの利用障壁の低さを提供しても、そもそものサービスへの関心が低いので相手は動きません。そこで最低でもSEPIA法の4象現はカバーした方が良いと思います。

SEPIA法は「サービスを利用する自己効力感」と「サービスに対する製品関与度」の2つの変数の組み合わせによってユーザーを4つの群に分ける方法でです。

SEPIA法はP18に出て来ます。


長くなりましたが、以上の3つの抑えることでより効果的なオンボーディングが実施できるのではないでしょうか。

最後に

記事のタイトルを「アクティブラーニングから見るオンボーディング」にしていますがこの関係性の説明が弱かったかなと思います。
補足しておくと、アクティブラーニングもオンボーディングも全て行動変容というキーワードで繋がっています。アクティブラーニングは主体的・対話的で深い学びに導くとある通り、受動的な関わりから主体的な関わりへの行動変容ともいえます。オンボーディングも今までに無い習慣を作る行動変容とも捉えられます。このように行動変容とは対象が人なので、学問領域を業界領域関係なく多くの学びが得られます。

また、日本で行動変容について、もう少し詳しく知りたい方は医療系を調べてみることをおすすめします。患者とのコミュニケーション関係で様々な取り組みを行っています。

⾏動変容の基礎知識 「患者が」⾏動を変えるための関わり⽅
この中に出てくる重要度・⾃信度モデルやそれらを高めるためにはなどは十分サービスにも適用できます。
https://www.fmu.ac.jp/home/comfam/study/pdf/30_file02.pdf

日本保健医療行動科学会雑誌 行動変容
http://www.jahbs.info/journal/pdf/vol34_1/vol34_1_2.pdf


アクティブラーニングについてもっと詳しく知りたい方は以下の本をおすすめします。人の学びのメカニズムについて科学的に考えている物なのでとても勉強になります。


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