谷川俊太郎の美学と荒川洋治の実学
谷川俊太郎は美学の人だと思う。谷川俊太郎の詩は淀みがない。淀みなく、その詩の目的とするところにまっすぐに行く。小学校の教科書にも載るだろう。朝のリレーでは、バトンを落とすことなく、きれいに地球を一周する。孤独もまた、透き通る。うんちの詩を書いてもきれいだ。
詩のボクシングというイベントがあり、谷川俊太郎がねじめ正一に勝利した。このことについて、確か荒川洋治が書いていたように思う。見つからないのでうろ覚えで書くのだが、谷川俊太郎の言葉は、テクニックで、身体からでていないというようなことだったと思う。ねじめ正一の身体は商店街で、八百屋のねじり鉢巻をさらに絞るようにして、そこから言葉が連射される。谷川は、そんなタメはいらない。
僕は荒川洋治が好きで、「美代子、石を投げなさい」という詩がとくに好きだ。荒川洋治の、態度表明とも言えるこの詩では、誰もが批判することのない聖人・宮沢賢治が取り上げられる。荒川は、その宮沢賢治に、石を投げる。引用しよう。
私は、この荒川洋治の宮沢賢治評をそのまま、谷川俊太郎評として受け取った。そして(記憶違いかもしれないが)詩のボクシングでの谷川を、さきほどのように評した。ちゃんと石を投げたのだ。その荒川の、福井新聞に寄せた谷川俊太郎追悼文の最後は、「ことばにならないほどさみしい。」というものだった。詩人をして、「ことばにならない」というさみしさ。それは石を投げる先を失ったかなしさかもしれない。
小山龍介
BMIA総合研究所 所長
名古屋商科大学ビジネススクール 教授
京都芸術大学 非常勤講師
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