ビジネスモデル・キャンバス(BMC)に関する質問に答えます!
ビジネスモデル・キャンバス(以下、BMCと表記)に関して、よく聞かれる質問にお答えします。(回答者: 『ビジネスモデル・ジェネレーション』訳者 小山龍介 BMIA代表理事)
Q1 どの項目から書き始めるとよいでしょうか?
顧客セグメント(CS)から書き始めるとよいでしょう。BMCの軸となる要素は価値提案ですが、その価値提案を導き出すためには、顧客セグメントが決まっていなければなりません。顧客セグメントによって製品・サービスを購入する際の動機が異なるからです。たとえば、同じ経営管理システムを提供するにしても、大企業向けと中小企業向けでは価値提案が異なりますし、適用する業界によっても異なるでしょう。ですので、まずは顧客セグメントを明らかにしておく必要があるのです。
Q2 同じ要素が複数の項目に入る場合、複数書き入れたほうがよいでしょうか?
たとえば、「ブランド」という要素は、ブランド価値という意味では価値提案に書き入れることもできますし、ブランド資産(エクイティ)という言い方をすれば、リソースにも書き入れることができます。ブランド・マネジメントという意味では、主要活動に入れるほうがよいでしょう。ブランド・ロイヤルティという顧客のブランドに対する忠誠心という意味で言えば、顧客との関係に入れる必要があるでしょう。
ブランドに限らず、多くの要素が複数の項目に入る可能性があります。研究開発を活動に入れるのか、その結果生まれる特許をリソースに入れるのか。営業を活動と捉えるのか、営業部隊というリソースと捉えるのか、はたまた顧客とのチャネルと捉えるのか。その捉え方には、さまざまあります。ビジネスモデル・キャンバスの9つの項目は、ものごとのどの面を見るのかという視点を表すものであり、ひとつの事象をさまざまに捉えることが可能なのです。
このように、さまざまな要素が複数の項目に入る可能性があります。これをすべてに記入していくと、煩雑です。ブランドであれば、ブランド・マネジメント手法に特徴があれば主要活動に、顧客の忠誠心に特徴があるとすれば顧客との関係に入れる、といったように、ビジネスモデルの構造としてなにを強調したいのか、どの点に着目をしたいのかということを意識して書き込んでいくとよいでしょう。
Q3 新規事業向けの設計ツールであり、既存事業には向かないのではないでしょうか?
BMCは新規事業開発の場面で活用されているため、既存のビジネスモデルを分析するには適さないのではないかという意見もあります。ただ、BMC自体はもともと、大企業、中小企業、ベンチャーなどあらゆる種類のビジネスモデルを対象に、これまでさまざまに行われてきたビジネスモデルの定義をもとにつくられたものです。そのため、新規事業だけでなく、既存事業に対しても利用可能なものになっています。その場合、既存ビジネスの問題点を発見したり、改善点を見つけるといったような使い方が可能です。
Q4 小規模ビジネスや個人事業主にも適用できますか?
企業規模に関わらず、BMCは適用可能です。ビジネスモデルの基本的な構造は、大企業でも中小企業でも、また個人事業主でも変わりません。BMCは、市場のニーズ、顧客セグメント、収益の流れなどを詳細に分析し、効果的な戦略を立てるのに役立ちます。ただし、入る要素は異なってきます。大企業では、潤沢なリソースが前提となって事業を組み立てることができますが、中小企業や個人事業主ではそうはいきません。収益構造も、不安定なものになりがちでしょう。事業規模は、それぞれの項目に入る要素の違いとなって現れてきます。
Q5 BMCを知らない人に対して、どのように説明をすればよいでしょうか?
BMCは思考ツールであり、同時に、BMCを知っている人同士のコミュニケーションツールです。しかし、BMCを知らない人にとっては、それはまだ共通言語となりえていません。同僚や部下であればBMCを教えるところからスタートできますが、上司や顧客に対しては知らないことを前提にコミュニケーションする必要があります。
BMCの内容は、他のさまざまなフレームワークと親和性があり、相手がBMCを知らない場合には、そうした他のフレームワークを使って説明するとよいでしょう。具体的には、以下のようなフレームワークが活用できます。
マーケティングの4P
マーケティングの4Pは、Product(商品)、Price(価格)、Promotion(販売促進)、Place(流通経路)といったマーケティング施策を支える4つの主要な要素のことです。この4要素は、それぞれ価値提案、収益の流れ、顧客との関係、チャネルに対応しています。マーケティング分野の話として、コミュニケーションが可能になります。
マーケティングのSTP
同じく、マーケティングの戦略立案に使われるSTPも、BMCの構造に位置づけることが可能です。市場のSegmentation(市場細分化)、Targeting(市場の決定)は顧客セグメントに、Positioning(自社の立ち位置)は価値提案に記述することになります。
サプライチェーン/バリューチェーン
自社がどのように製品・サービスを、製造、流通、販売しているかという一連の流れ(チェーン)を説明したものになります。サプライチェーンは、供給者(サプライヤー)から最終の販売までの流れを示したものになります。バリューチェーンは価値を生み出すための活動に焦点を当て、企業価値創造の最適化を図るためのフレームワークで、サプライチェーンという主活動に加え、企業の全般管理や人事労務管理、研究開発、調達などの支援活動までカバーしているところに特徴があります。サプライヤーなどはBMCのパートナーに、価値創造活動は主要活動、活動に必要な資源をリソースに記述します。
Q6 外部環境分析はどのように行えばいいでしょうか?
BMCに記述するもの、すなわちビジネスモデルを構成する要素は、企業がコントロール可能なものに限定されます。そのため、外部環境はBMCのなかには記述されません。ただ、まったく記述されないのではなく、たとえば市場の変化は、顧客セグメントに記述される顧客のニーズの変化としてBMCに入り込んできますし、新しい技術動向は、たとえば技術を提供するサプライヤーとしてパートナーに記述されます。このように、外部環境は両端にある顧客セグメントとパートナーの項目から滲み出してきています。
Q7 競合に対する優位性、競合との比較を記述するところはないのでしょうか?
BMCに対する誤解のひとつに、競合分析が組み込めないというものがあります。あくまで自社のビジネスモデルを記述するものであり、たしかに競合との比較は入りません。競合と比較する場合には、自社のBMCと競合のBMCのふたつを書いて比較する必要があります。(BMIAのビジネスモデル・コンサルタント養成講座の応用編1「ビジネスモデル・アーキタイプ」では、そうした企業分析を何度も行うワークがあります。)
一方、まったく競合の影響がないかといえば、そうではありません。価値提案の原語は、Value Propositionであり、そこには他社に対するPositioningの要素が含まれています。競合との比較において、どのような(差別化された)価値を提供するのかということを記述するので、価値提案のなかには自然と、競合に対する優位性が記述されていくことになるのです。
Q8 要素を整理するためのフレームワークでしかないのでは?
BMCの使い方の典型的な間違いとして、要素を9つのブロックに配置、整理するためのフレームワークとして使うというものがあります。こうしたチェックリスト型の使い方をすると、たしかに9つすべての項目は埋められたものの、ビジネスモデルそれ自体が見えてこないという問題が発生します。オスターワルダーは、ストーリーを描き出すように、要素間の関係性を示すツールとして使うように言います。これを別の言い方で表現すれば、要素のつながりによる動的な仕組みを表現する、ということになるでしょう。
つまり、使い方を間違えると、要素を整理するだけになってしまいかねませんが、要素間の関係を捉え、ストーリーを描き出すことによって、動的な仕組みを表現することができるツールとして活用できるのです。
Q9 リーン・キャンバスとの違いはなんでしょうか?
リーン・キャンバスは、スタートアップや新しいビジネスアイデアの仮説検証に特化しており、より俊敏で実験的なアプローチをとります。問題、解決策、主要指標、競合の優位性、顧客セグメント、チャネル、コスト構造、収益の流れなど、9つの要素に焦点を当てています。このアプローチは、市場での仮説を迅速にテストし、柔軟にビジネスモデルを調整することを目的としています。
一方、ビジネスモデル・キャンバスは、包括的なビジネス戦略に焦点を当てるもの
です。
リーン・キャンバスとビジネスモデル・キャンバスとの違いをもうひとつあげると、ビジネスモデル・キャンバスは要素の置かれている場所に意味があり、ビジネスの構造を表現したものであるということです。リーン・キャンバスはその点、要素の配置に意味が見出しづらいものになっています。たとえば、課題が左端に置かれていますが、顧客セグメントが抱えている課題という意味では、本来、顧客セグメントに近い場所に置かれ、関係性を示す必要があります。そうなっていないため、顧客セグメントと課題との関連性が見えづらくなります。同様に、「主要指標」も、なぜコスト構造の上に位置にあるのか、コスト構造とどのような関係があるのかわかりづらいです。
もともと、ビジネスモデル・キャンバスは、ビジネスモデル・オントロジーという図から派生して生まれたツールです。
オントロジーとは対象を概念化して記述するもので、構成する要素を構造として表現することになります。その点、リーン・キャンバスは、オントロジーとして扱うには構造が崩れてしまっており、BMIAでは、より汎用的で応用可能性の高いビジネスモデル・キャンバスの利用を推奨しています。
※この記事は、BMIA認定ビジネスモデル・コンサルタント養成講座〈基礎〉テキスト(小山龍介著、BMIA発行)から抜粋、一部加筆したものです。
BMCの描き方を動画で解説
ビジネスモデル・キャンバス(BMC)の実践的な使い方を学べる講座
ビジネスモデル・オントロジーに関する記述が含まれる参考記事
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