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楽園ーFの物語ー 薔薇の館

「私は今、困っています」 

 迎えの馬車の中で、フォッグがルージュサンに笑いかけた。

 そうすると目尻が下がり、本当に困っているように見える。

「何故ですか?」

 ルージュサンは、少しも困っていない。

「私は、身長と顔と蹴鞠には、まあまあ自信があったんです。けれどコラッドさんを見て、私の顔などあだ物だと思い知ったし、背も高過ぎて均整を欠く。蹴鞠はメロにさえ敵わない」

「いつも彼と練習を?」

「はい。暇にあかせて」

「彼は好青年ですね」

フォッグが目を細めた。

「メロは素直で欲がない。隣にいるとほっとします」

「雇われて、長いのですか?」

「彼が二十歳の時からなので、十二年になります。コラッドさんは、どうなんですか?」

「四年前、一緒に拉致されたんです。以来雛の様に付いて来ます」

「雛?じゃあ恋人ではないんですね?」

フォッグが嬉しそうに瞬きをした。

「友人の息子ではあります。見た目だけでも置いておく価値はあるでしょう?」

ルージュサンが、悪戯っぽく微笑みかける。

「確かに!」

二人は声をたてて笑った。



 庭には何十種類もの、花が咲き乱れていた。

 クリーム、ピンク、淡いパープル。

 丸い五弁、縮れた小さな花、吊り鐘型。

まるで野の様に細やかな変化を見せるよう、全てが算し尽くされている。

 つる薔薇が渡されているアーチの奥には東屋が、庭の隅には温室が、美しく配されていた。

 馬車を降りるなり歓声を上げたルージュサンに、フォッグは少し驚きながら、庭の案内を始めた。

「暇にあかせていじっているんです。こんなに喜んで頂けるとは」

「これ程繊細な庭を、拝見したのは初めてです。このアーチに絡ませてある薔薇の、名前を教えて頂けますか?花弁の曲線が、とても美しい」

「『ポーラ』です。亡き母の名前を付けました」

フォッグが嬉しそうに語る。

「貴方が作られたのですね!もしやこの薔薇も貴方が?」

 東屋の入り口で、ルージュサンが蔓薔薇を手に取った。

 形は『ポーラ』と同じだが、クリーム色の花弁の縁から、淡いピンクが差し込んでいる。

「よく分かりますね。一番気に入ってます」

「あの温室で品種改良を?」

「楽しいですよ。右の白薔薇もそうです」

「こちらは葉の色も面白いですね。一体いくつ作られたのですか?」

「三十ちょっとです。そんなことより、薔薇がお好きなんですね。同好の士とは、嬉しい限りだ」

フォッグは満面の笑みだ。

「素晴らしい才能も、本人には当然のこと。案外気付きにくいものなのですね。それにしても素晴らしい」

 ルージュサンが溜め息を吐いた。



先ずは一通り、その後じっくりと庭を味わってから、フォッグとルージュサンは家屋に入って行った。

食堂では初老の男が、苛々と部屋の中を、行ったり来たりしていた。

二人に気付くと両腕を広げ、おおらかそうに微笑んでみせた。

「初めまして。ダコタ=カナライア、フォッグの父です。庭が随分、お気に召したご様子ですね」

「お招き有難うございます。ルージュサン=ガーラントと申します。本当に素晴らしい庭で、眼福でした」

「おや、そうですか」

ダコタが片眉を上げた。

「それでは息子と結婚しては如何ですか?毎日眺めて暮らせますよ」

「夫付きの庭ですか。じっくり検討させて頂きます」

 ルージュサンが笑顔で返す。

「是非お願い致します。貴女のように、一緒にいて楽しい女性は初めてです」

 フォッグも笑顔で頷く。

「ところで息子から聞いたんだが、ジャナ生まれの船育ちで、父親と妹がこの町に居るというのは本当かね?」

 ダコタが何気なさを装おって聞いた。

「弟もです。ご安心を。私は貴殿方が求めている者です。叔父上」

ルージュサンがダコタの視線を捕らえた。

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