『記者』という人の特徴
私は大学時代、某大手マスコミでバイトしていました。
そして、記者の人と一緒に働いていました。
彼らは、「マスゴミ」だの「人の気持ちがわからない鬼」など巷では言われています。要は、嫌われ者ですね。
そんな彼らはどういう人達なのか、私の目から客観的に分析してみたいと思います。
1、冷静沈着、怒らない
目の前で殺人が起こった時。
マグニチュード8の地震が起こった時。
目の前でビルが爆発した時。
記者がやるべきこと、それは報じることです。
そこで、目の前で泣いている人に平気で取材しなくてはなりません。感情はより強く読者に響くからです。
そのためには、何事にも動じないどっしりとした対応が必要です。感情を自分の中に吸い取ってはいけません。共感してしまうと、自分が辛くなるからです。
だから、不測の事態があっても動じません。目の前にあることが事件で、人間物語だから。それを伝えるのが仕事です。
また、記事には自分の感情は入れてはいけません。
それは"嘘"になるからです。
記事に自分の考えを入れてしまうことで、読者が記者の思考と同じ方向に誘導されます。
自分では「許せない」と思ったことでも、誰かにとっては「理由がある」ことなのかもしれない。
そのあらゆる角度からの声を拾うのが記者です。
そこに自分の感情という「思い込み」はいりません。
2、年下にも敬語
要は、誰にでも誠実ということですかね。
記者は人に会う仕事です。
子供からお年寄りまで、老若男女全てに話を聞きます。「えーこの人苦手」とか絶対に言えません。だって、それを記事にするのが仕事だから。
そのために、(ある意味感情を消して)すべての人に同じ態度で接しているんだと思います。
あなたには、「この人になら何でも話せる」という人はいるでしょうか?
きっとその人は、誠実で温かみのある、話を最後まで聞いてくれる人で、自分の意見を振りかざしてくるような人ではないでしょう。
ある時、運動記者の方が言っていた言葉です。
「アスリートは自分より若い人が多いが、本当に尊敬している。だから、タメ口では絶対に喋らない」
相手をリスペクトし、それを「伝えたい」と思う心が記事を生み出しています。
それは年齢なんて関係ないんだと思います。
3、鈍感力
何故「敏感力」ではないのか、不思議に思った人もいるかもしれません。
記者は時には人から嫌われることをしなくてはならない時があります。
例で言うと、遺族取材です。
何故、悲しい感情を抱いている遺族の家に行き、話を聞くなんて遠慮のないことをしなくてはならないのか、分からない人も多いでしょう。
その理由は、その時にしか伝えられない感情があるからです。
被害者の顔写真、人柄、家族、涙。それら全てが合わさると一人の「人間像」が読者の頭に浮かびます。
そして、遠くにいる人に共感が生まれ、それが社会を動かす力になります。
時には、記者自身も辛くなることもあります。
そういう意味で、今までも何回も出てきたワードですが、記者は「感情」をなくさなくてはいけないことが多いです。
相手に頼み込み、取材をし、実名を聞き、顔写真をもらい、より真実味のある内容を伝える。
取材に大切なことは、相手の感情に負けないことです。
時には嫌われても、罵倒されても動じない、その粘り強さと度胸がより良い記事を生み出しています。
人の感情に流されてはいけません。繊細な人には勤まらない職業かもしれません。
4、やるときはやる
これは、記者自身のスケジュール感から作られるものだと思います。
記者は入社してすぐ、地方赴任になります。
地方でやることは、大半が「サツまわり」です。
サツまわりとは、警察の人についてまわり、話を聞き、事件の情報を記事にすることです。
そのために、「夜討ち朝駆け」と呼ばれる取材行動をします。
「夜討ち朝駆け」というのは、早朝から取材相手の家に押しかけたり、夜遅くに帰ってくる取材相手を待ち構えて取材することです。
それは、冬でも、暴風雨の中でも関係ありません。
よく聞くのが、トイレに困る「トイレ問題」の話です笑
家に帰れるのが、1日2時間という日もあるそうです。
要は、ブラックのブラックを極めた仕事です。(これを聞いてなろうと思う若者がどれくらいいるのだろう笑)
よって、常に気を張り詰めていたらそれこそ死んでしまいます。
なので、「息抜き」が必要です。
記者という仕事の利点としては、会社にいなくてもいいということが挙げられます。「取材」という名目であれば、どこにいてもいいのです。家であれ、外であれ。自由行動です。
その時間を使って体を休めます。
要は、自分の時間の使い方が大事なのです。
オンオフの切り替えが上手い人。そうでないと、この仕事は勤まりません。
5、斜に構えている
記者が皆イエスマンだったらどうでしょう?
記事が皆同じ目線の、同じ意見になってしまったら。
そう思うと、怖くなります。多様性のある意見を拾い上げてこそ、国が、政治が成り立つからです。
記者に大事なのは、「本当にそうなのか」と疑う心です。
大多数の人が頷くような意見に対し、逆側から俯瞰して見てみる。その視点が、スクープを生み出しています。大事なのは、少数派から見た視点なのです。
だから、記者は多種多様な人材が必要とされます。
あらゆる方向から真実を見つめてみること。
それが、国民の少数派側も暮らしやすい世の中へと繋がります。
また、フェイクニュースは発信してはいけません。
誤解は大きな力になります。
これは宗教と同じようなものかもしれません。
例えば、コロナ禍では間違った情報によりトイレットペーパーがスーパーから消えました。
ネット社会ではより、間違った流れが起きやすいです。
一旦信じたものを覆すのは容易ではありません。それは、ヒトラーの思想のような大きな間違いを産みます。
そういったものを「違っている」と指摘するのが、マスコミの仕事です。
「皆がそうなら僕もそうしよう」という自分の意見がない人には、記者は勤まりません。
「本当にそうなのか?」と用心深い姿勢の方が好まれます。
以上です。
もっと書きたいこともあるし、実際仕事をしている人から見ると「これ違うよ〜」と言う人もいると思います。
でも、彼らを一言で表すなら、
たまに適当で、たまに真剣にやる。
そんな彼らのことを本当に尊敬しています。
結構、冗談言う人も多い気がしますね。お堅いイメージもありますが、実際はお酒好きで人好きな人です。
普通の人も、サラリーマンには絶対向いていないような普通じゃない人もいます。
基本的に自由人で志が高くないと、身体的に辛いでしょうし、家庭は顧みない生活を送らなくてはならないです。
私はおすすめも否定もしないですが、「面白い」というのは皆さん口を揃えて言います。
私の親は「仕事なんかつまらない」とよく言っていた人なので、そこの部分はすごく新鮮でした。
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