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初めて歌舞伎を観に行った話

■きっかけは突然に。

 私は7月4日、生まれて初めて、歌舞伎を観た。しかも舞台初日。
 きっかけは、香川照之である。

 デビュー当時から、テレビ覧に香川照之の名があれば観る、ぐらいの、ライトなファンであったが、前々から欲しかった静かなるドンのDVD-BOXを入手したことをきっかけに、彼の魅力を再確認し、Huluで出演作品を観まくっているうちに、ふつふつと心の底で燻っていた火種に火がついて、とうとう大火事になってしまった。
 そして、香川照之の歌舞伎役者名である市川中車の出演している舞台を初日に観に行く、という事態にまで発展したのである。

 ジェネラル・ルージュの凱旋をきっかけにした堺雅人熱(もちろん今でも大好きな俳優である)の時も、たまたまタイミング良く舞台に出演しており、新橋演舞場に出かけたことを思い出し、自分で自分の行動に苦笑した。

 思い立ったら吉日。
 同じ後悔なら、行動しないで後悔するよりも、行動して後悔したほうがいい。あれこれ悩むよりも、まず行動してから考える。

 結果は、大当たり!!!
 とても良い刺激になった。

 小説を書くつもりで作ったアカウントが、最近はただの香川照之ファンアカウントになっており、小説を期待して待っている方には申し訳ないが、もうしばらくおつきあい頂けると幸甚である。

■7月大歌舞伎第一部の感想

 初めて歌舞伎を観た素直な感想は、歌舞伎すごい。毎日観たい! 女形綺麗。三味線良い。すっかり語彙力が低下した状態になっていた。
 まだ歌舞伎を観ていない方に、ぜひおすすめしたい。この演目に触れることで、人生が豊かになると私が保障する。
(あんたの保障なんて信用ならん、という突っ込みはさておき…)
 コロナ禍でいろいろと厳しいと思うが、もし状況が許されるのならば、観て頂けたら嬉しい。

 市川中車が出演しているのは第一部の2演目。
  ・あんまと泥棒
  ・蜘蛛の絲宿直噺(くものいとおよづめばなし)

 ほぼ現代語の二人芝居(あんまと泥棒)と、踊りや見得を切る所作があるイメージ通りの歌舞伎(蜘蛛の絲宿直噺)の2演目で、初心者にとても優しいと私は思う。

 見どころと意気込みはこちらのインタビューで。

 歌舞伎は、本来は幕間にお弁当を食べたりしながら長時間観るらしいが、現在はコロナの影響で、各部入替え制になっている。
 また、伝統芸能のため、当然ながらマイク無しの生演奏。役者は西洋のオペラのように、身体を楽器にして3階席にまで声を届ける。
 演じるには、相当の鍛錬が必要である。

■あんまと泥棒

 あばら屋でひとり暮らしをしているあんまの秀の市の家に、高利貸しで金を貯め込んでいるとの情報を得た泥棒が押し入る。金のありかを白状しない秀の市に酒を出させて酌み交わすうちに、泥棒がだんだんと秀の市に同情的になり……。

 分からない言葉ががあったので、帰宅してから調べてみた。
 カラス金は、高利貸しのことで、江戸時代の闇金のことらしい。


 市川中車は目が見えない役なので、舞台上でずっと目を閉じている。
 目をつぶったまま歩き、セットに手をかけて障子や戸棚を開けたり、相手の顔も見えないまま、泥棒役の尾上松緑と台詞を掛け合う。現時点での市川中車の役者としての実力を総動員していると思った。
 ふてぶてしく開き直ったり、泥棒にびっくりして命乞いする時の膝の震えとかの細かい芝居も良かった。
 
 悪態をついている時には、市川中車そのものの感じなのだが、少し高い猫なで声で、客に媚を売ったり、泥棒に命乞いをしている時など、爺さんの役のはずなのにところどころ婆さんのように見える。
 志村けんのひとみ婆さん、いや、世代的には青島幸雄の意地悪ばあさんか……? 
 まだなんだか違う……ああ、これはばってん荒川のお米ばあさんだ!

 市川中車は、過去の中村嘉葎雄の歌舞伎公演をお手本に、自分の解釈を加えて演じているはずなので、静かなるドンで共演していたばってん荒川を無意識に参考にしてると考えるのは私の思い込みかもしれないが、ばってん荒川自体は、歌舞伎から発展した大衆演劇の流れをくむわけで、偏屈で意固地な婆さん芸の大元は、一体いつどこで生まれたのだろう、と考えるととても不思議だと思った。

 物語最後の高笑いするシーンでは、演じているのか、それとも彼自身の本性なのか分からずに、戦慄を覚えた。
 今までは、少しばかりヒネくれているけれど涙もろくて不器用なところもあるドMで努力家な役者だと思っていたが、したたかでふてぶてしい部分も、彼の性格の中で大きなウェイトを占めるのかもしれないと感じた。それにしても、悪徳金貸しの役がこんなに似合う役者になるとは……、デビュー当時は夢にも思わなかったなぁ。
 
 一方で、脚本でどうしてもひとつ、気になった点がある。
 泥棒が押入れで位牌を発見し、秀の市が女房のお墓を建てる金も無いと涙ながらに訴えて、泥棒が同情しはじめるシーンがあるのだが、泥棒が出て行った後に、女房なんていなかった、と秀の市は否定している。

 ならば、押入れに入っていた位牌は、一体誰のものなのだろうか?
 位牌がある、ということは、誰かが死んだということ。

 女房なんてあるもんかい、と秀の市は言っているけれど、本当に、彼には女房がいなかったのだろうか……?
 (追記:配信で確認したところ、同居していた和尚の位牌、との台詞があった。なので女房の位牌では無いが、同居していた和尚との関係性は不明である。)
  
 泥棒に改心を促すシーンは、本当に心から相手の幸せを願っているように見えて、ただの冷徹な悪徳高利貸しから出てくる言葉では無い。心に何かの後悔を抱えているから、自分のようにはなって欲しくなくて、助言しているように見える。

 秀の市は、もともと心根は正直だったが、目が見えないという世間の冷たい目にさらされて、大切な人と死に別れ、高利貸しでお金を得るうちに、強がって嘘をつくようなヒネくれた人間になっていった、と考えるのは深読みしすぎだろうか……?

   それにしても秀の市と泥棒のやりとりは、面白おかしくて、笑いっぱなしだった。

 これは市川中車のハマり役だろう。
 悪人でも善人でも無く、白黒はっきりしないのが人間臭くてとても良い。また観たい。より進化して洗練されるであろう数年後にもまた観たい。

■蜘蛛の絲宿直噺

 病床の源頼光の看病と警護のために、家臣や女房が屋敷に詰めていると、頼光に危害を加えようと蜘蛛の精が姿を変えて何度もやってきて……。

 台詞がコロナ禍を反映したものになっていて、面白かった。袴姿で「濃厚接触」とかの台詞を言われたら、笑うしかない。

 市川中車は、助っ人の渡辺綱の役。
 秀の市とは打って変わって強そうな武人の役。
 舞台に登場した時に、瞬きを何回かしていてちょっと気になったのだけど、いかにも歌舞伎役者って出で立ちでかっこ良かった。

 蜘蛛の精は、5役を早替りで市川猿之助。
 えっ? どうなってるの? かつらどこ行った??? みたいな感じで次々と変わるので楽しい。

 早替りの舞台裏動画があるのだが、公演をこれから観に行く方は、公演後に観たほうがいいと思う。


 それから、右側にいた女房役の方の踊りがとても綺麗だったのだけど、女房は2人いて、どちらがどの役者さんなのかが分からない(汗)。

松竹チャンネルに去年の公演のハイライトがあったので、役者は市川笑也と判明。


 中村福之助も凛々しくてよかったな。
 忠臣蔵に出てくるような長袴(足が出ないほどの長い袴)で躍るなんてすごいなと思った。

 あとは三味線と唄もとても素敵だった。


 とにかく、私の初めて歌舞伎の感想は、
 素晴らしかった! 仕事が無ければ毎日通うのに!!!
 である。

 香川照之は、夏にはNHKでカマキリ先生、秋からはTBSでニュースキャスターにドラマ『日本沈没ー希望のひとー』、冬は映画『99.9-刑事専門弁護士-THE MOVIE』。これからの活躍が本当に楽しみ。


 私の世界を広げてくれた市川中車こと香川照之に、
 ここまで読んでくれたあなたに、
 ありがとう。


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