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父が新型コロナウイルス(COVID-19)に感染した話

■震える声で母から電話がかかってきた

 昨日の夜、母から電話がかかってきた。第一声は、

「あのね、大変なことになったの……」

 なんだろう? オレオレ詐欺にひっかかったのかな……。そもそも詐欺にあっても払えるようなお金はうちにはないから、親戚が亡くなったとかかな……等と思いつつ次の言葉を待った。

お父さんが、コロナ陽性だったのよ

 ころなようせい? 太陽のフェアリー???
 さっきまでファンタジー系小説を読んでいた私の頭は、単語を誤変換してバグり、すぐに事態を飲み込めなかった。

「38℃ぐらいの熱が出て、いつもの扁桃腺だと思ったんだけど、病院に相談してから行ったら別の部屋に通されて、PCRやレントゲンの検査を受けたの。結果はコロナ陽性だったわ」

 母の震える声に、私はすぐに返事が出来なかった。

「とりあえず自宅療養になったわ。お母さんはいま症状が無いからあとで保健所でPCR検査するんだって。部屋中を消毒したから大丈夫よー。それにお父さんとは部屋を分けて一緒に過ごさないようにしたの」

 口では大丈夫と言っていたが、口調はぜんぜん大丈夫ではなかった……。


■離れている家族にできること

 最後に父に会ったのは、今年の正月だ。
 車で帰省し、いつものように、母の作ったおせちを食べて正月番組を見て過ごした。これまでと違うのは、1泊しかしなかったことと、初詣に行かなかったこと。
 あれが、父に会った最期になるとは考えたくないが、なんてことのない風邪の症状から急変することがあるのが新型コロナの特徴なので、ぜんぜん安心できない。母は父と部屋を別にしたので、急激に悪化した時に、このままじゃ気付けない。入院して欲しいけど、現状の父の病状ではすぐに入院できないみたい。高齢者だからリスクが高いのに。今の医療は受け入れる余裕が無いぐらい逼迫しているのか……。

 そもそも父はどこで新型コロナにかかったのだろう?
 
 父はお酒を飲まないし、仕事終わりは寄り道しないでまっすぐ帰ってくるから、職場、週二回の通勤途中、家庭内の3ヵ所が感染の有力候補になる。これから保健所の聞き取り調査でわかるかもしれないが、本当にどこで感染したんだろう? 通勤途中で感染したとなると、新型コロナウイルスはそこらへんじゅうに蔓延しているということだろうか?
 私も感染したら共倒れになるので、帰省して看病するわけにもいかないし、私にできることは、生鮮食品をドアノブにかけておくことぐらいしか思いつかないが、残念ながら実家はすぐに行ける距離では無い。離れている家族にできることなんて何も無い……。
 何もしないのは落ち着かないので、今から何かできることは本当に無いのか? と、万が一のことも念頭に入れて考えてみたが、ぜんぜん頭が追いつかない。
 うちは貧乏だから家ぐらいしか財産は無いはず。それに家の価値もそんなに高くない。誰が相続するかで揉めそうだが、そんなことよりも、母も時間差で発症したら、どうしよう???
 父ひとりだけなら、いろいろシミュレートできるような気もするが、母も発症した場合がぜんぜん分からない。一体どうすればいいんだ……?

 入院の準備を誰がするのか?

 エクモなどの同意書を誰が書くのか?


 まさか二人同時に失うなんてことは…考えたくない。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ、そんなの絶対に嫌だ!


■嫌な予感が頭から離れない

 先週末、父から電話があった。
 内容は、もうすぐ誕生日だから飯をおごって欲しい、という他愛のないもの。「あの店のとんかつが旨かったからおごって」と、言われた。
 
 これだけなら、普通の家族の会話なのだが、問題なのは、
 『私にはこれまで父から電話がかかってきたことがほとんど無い
ということ。
 これ以前に父から電話がかかってきたのは5年以上前だ。いつも母との電話越しにほんの少し会話するぐらいで、父からの電話は本当に稀だ。
 電話を切った後に、「こんな珍しいことがあるなんてもしかしたらこれが父との最後の会話になるかも」なんて、フッと予感がした。すぐに、ばかばかしいとその考えを打ち消したけど、まさか一週間後に、コロナにかかったと母から連絡を受けるとは……。

 ただの取り越し苦労ならよいのだが、嫌な予感が頭から離れない。
 
 明日で緊急事態宣言が撤回される地域があるけれど、すぐ隣りではまだ新型コロナが蔓延している。
 どこかの誰かの不注意な行動が、私やあなたの大切な人を危険に晒す。新型コロナウイルスは本当に厄介な病気だ。私のように不安な思いをもう誰もしなくてすむように、新型コロナにうつらないように、誰かにうつさないように気を付けて行動して欲しい。お願い……。

 私には祈ることしかできない。

 どうか父と一緒にとんかつを食べられますように。


国立国際医療研究センター 国際感染症センター
忽那賢志氏のページ
https://news.yahoo.co.jp/byline/kutsunasatoshi/

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