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持たざる者と記憶のニアミス

 性懲りもなくまた自転車で出掛けた。先月原因不明の不調を発症し10日ほど前からは咳を出ているのに。しかし食欲は復調し、咳も素晴らしい漢方の薬効で八割抑えられている。何よりそう、食欲だ。現代人らしく運動量は少ないのに頑丈な私の胃が食欲を取り戻している。欲望と生活に折り合いをつけるべく少しでもカロリーを消費しなければならない。

 今回もまた埋め立て地方向へ。今日の目的地は運河沿いに造られた人工の河原がある公園。いや、ここいらは季節になればハゼが釣れるというから海水か汽水域なのだろうか。空は広いが、淀んだ水面からは眠そうなにおいしかしてこない。

 海は失われ、私は往時を知らない。それでもここに脆弱だが浜が戻り、私はそこを歩いて面影を探す。

 運河、周囲は巨大建築物と軌道と人工公園。愛しいには程遠いが魅力的な遠近感が満ちている。人の気配がもっと少なければ尚お好し。あのコンクリートの構造を、錆と罅(ひび)と蔦が覆えば更に好し。
 誰もいない世界で秘密を知り、いつか私も蒼い茉莉花の苗床になる。

 地名だけは馴染みがあるが像を持たない土地を自転車で走り、脳内のマップを埋めていく。私の記憶は揮発が速いので、そのうちまた更新にこなければならないだろう。そしてまだ知らないもっと遠くへも。

 地球が回り続けている間に。


今日の英語:Orbit

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