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街を行き交う陰影の足音

 もう明日から仕事だ。今日は近所を走って、そのあと猫カフェにでも行こう。そう考えていた。
 我が家の近所には大きなお寺がある。一応まだ喪中なのでお詣りはせず境内の散歩くらいにしておこう、そう考えていたが甘かった。お寺の周辺は、きのう一昨日の公園もそうだったが、とにかく呆れるほどの車がひしめいていた。参詣客用の駐車場のみならず、お寺が経営している運動教室のグラウンドまで駐車場として開放している。道の角々には警備員。ここ数年で一番の賑わいかもしれない。私もその一人とはいえ……境内の混み具合を見て早めに帰ろう。

 葉を落とした木々の枝、ことに花を咲かせる木々の枝は、陽炎のように生命の揺らぎが立ち昇っている。闇夜の蝋燭の如く、燃える蕾がまとう透明な炎。硬質の空にはえる静かな情熱の美しさ。

 境内に続く道の人波は多く、やはりやめておこうかと思ったところで発見する。献血バス。この境内で献血バスを見かけたのはもう何十年前か、少なくとも片手で数える以下しか遭遇していない。
 COVID-19で多くのイベントが中止になっているため、今までイベントで得ていた分の献血の供給量が激減していると聞いた。それでこんな辺境の寺院にまでやってきたのだろう。これも何かの縁、全血400mlを提供する。

 献血を終えてバスを出る。日はもう地平に近づきつつあったが、人波は弱まれど途切れていない。誰もが何となく行き場がないのだろう。

 明日がどうなるか誰も分からない。それでも冬はまだ続く。


今日の英語:Temple

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