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連載小説 「邦裕の孤愁くにひろのこしゅう」第10話 料理

 「今日、晩ご飯作るから食べずに待っててね」
朝、出がけに朱莉が邦裕と健人に告げた。
健人と顔を見合わせて、「ごちそう食える!」
「材料費は後で折半するからレシート置いといて」邦裕が言うと、朱莉は「好き嫌いなしね」と言った。

 帰宅すると、朱莉がキッチンで食材を切っている。
 邦裕がのぞき込み、
「何作るん?」と聞くと、
「後の楽しみ」と言って教えてくれない。
「鍋かな?」
「部屋行っといて」追い立てるように、包丁を向けた。
「おおこわ」邦裕は慌てて部屋に入った。

 しばらくして、邦裕がリビングでくつろいで漫画を読んでいると、朱莉に呼ばれた。
「これ、どうしたらいいかわかる?」
朱莉が言うのでみると、発泡スチロールの箱の中に、伊勢エビが3匹動いていた。
「うわ、でか!これ、買ってきたん?」
「三宅さんが持ってきた。三重の知り合いがたくさん送ってきたから、お裾分けだって」
「これどうする?」
「それがわからんから、呼んだのよ」
「刺身は無理やし、とりあえず茹でようと思う」
「水から入れて茹でんとあかんで」邦裕が言った。
「なんで?」
「おじいちゃんに聞いたけど、沸いてから入れたら、伊勢エビが暴れるらしい」
「ふーん、そうなん。じゃあ水入れるから伊勢エビ入れて」
 邦裕が恐る恐る伊勢エビの胴をつまむと、触角が動き回って手に当たった。
「痛っ」
思わず手を離すと流しに伊勢エビが落ちて、そこで跳ね回った。ステンレスの流し台がキシキシと音を立てる。
「押さえて」朱莉の命令に、恐る恐る手を伸ばす。
「えいっ」と声を出して、伊勢エビを再びつかむと、水がいっぱい入った鍋の中に投げ込んだ。
「一丁上がり」得意げに言うと、朱莉は、
「後二匹やって」と、また命令口調で言う。

「なんかグロいねん」
「さっさとして」
「はい」邦裕はそう答えて、二匹目をつかみ、無事に鍋に投げ込む。三匹目は触角で手をつかれて難儀した。
「こいつー」やっと鍋に入れた。
朱莉が火を点けた。
「こいつら、茹でられるのに気づかずにじっとしてるな」と邦裕が言うと、朱莉は、
「ちょっとかわいそう」と言った。
「何か手伝うことある?」
「邪魔やから部屋にいていいよ」
「邪魔なんかい」邦裕はむっとして部屋に戻った。

 「できたよー」という大声で部屋から出ると、食卓には伊勢エビの料理が並んでいた。
伊勢エビのチリソース、茹でたむき身の盛り付け、半身の焼き物、伊勢エビの味噌汁。
「すごくない?」邦裕が感心して言うと、健人は「俺、代金払うわ」と言って財布を取り出す。
「勉強だけじゃない、料理もできるってことがわかった」邦裕が褒めると、朱莉は、
「時間があればいつでも作るんだけど」と言って、ご飯をよそおう。
「天才!」チリソースを食べながら健人が叫ぶ。
「まさにお袋の味!」
「私、あんたのお母さんと違う」
すべての料理を食べきって、後片付けを健人と邦裕でやった。
「家族の味を思い出すよ」しんみりと健人が言う。
「俺たち、なんか家族みたいだね」
「うーん、見ようによれば、だね」


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