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連載小説 「邦裕の孤愁くにひろのこしゅう」第18話 孤愁(完結)

 邦裕は黙ったままソファに沈み込んでいた。健人も黙って一緒にいたが、電話がかかってきて自分の部屋に引き上げた。
 邦裕は、部屋に戻ると、涙がひとりでに湧いてきて、何筋も頬に流れた。終いにはううっと声が漏れた。肩が震える。しばらく泣いたまま立ちすくんでいた。
 なぜ、朱莉に起こっている変化に気づかなかったのだろう。また、朱莉はそのことを話してくれなかったのだろう。
 思っても仕方のない考えがぐるぐると邦裕の頭の中で巡っている。自分でも想定していなかったことが起こってしまい、その悲しみに心が耐えられない。胸が本当に苦しい。息ができないくらい。
 
 健人が来て、飯にしようぜと言った。
一緒に三宅さんの差し入れを食べた。食べ終わると、自然と言葉が口から出た。
「東京は遠いなあ」
「ああ」と健人。

 寝る前に、邦裕は健人の部屋をノックした。
ずっと気にかかっていたことを、迷った挙げ句、健人にたずねた。
「おとついの夜、優菜来てた?」
「いや、でも、何で?」
「声がしたような気がしたんや、俺が寝ぼけてたんか」
「そうか」
健人は全く表情を変えなかった。

 邦裕がふと目を上げると、健人の机の上に緑色の物体があるのが目に入ってきた。
「その石、誰かのプレゼント?」
「これか?これは優菜が前にくれたやつ」
邦裕はおかしなことを言うと思って、
「そのエクロジャイトはおとついの夜、俺が朱莉にあげたものや。俺の親父の唯一の形見だから間違いない」
邦裕がそう言うと、健人の姿は消えてしまい、ゴミ箱の底から相変わらずガサガサ、バリバリと何かがうごめく音がして、邦裕はそそくさと部屋を出てしまった。


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