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【最近読んだ本】吉本ばななさんの本を30年ぶりに読んでみた

ものすごく久しぶりに吉本ばななさんの本を読んだ。

吉本ばななさんは、私が高校生の時にデビュー。私にとっては「キッチン」「TUGUMI」などが話題となった作家さんのイメージが今も抜けない。あの頃は、ある意味「吉本ばななブーム」のようなことも起きていた。

確かに衝撃的だった。
今はいろんな作家さんがいるから、この「衝撃」が伝わりにくいかもしれないが、あの頃、ばななさんのようにシンプルな文章を書く作家さんは稀有な存在だったように思う。悪く言えば、「誰でも書けそうな簡単な文章」。決してそんなことはないのだけれど、一見そう見える。
なんとなく「小説」というもののハードルが下がり、これまで本を読んだことがなかったような若い人にも親しまれた。
しかも、あの吉本隆明氏の娘だというのだから、そりゃ注目もされる。

大学の文学部で近代文学の講義を受けていた時、教授が「最近は吉本ばななさんという作家さんが流行っているということで、私も読んでみましたが、私には難しかったですね」とおっしゃったことを今でも覚えている。
「私のように難解な文章を読み続けてきた人間にとっては、ばななさんのような簡単な文章のほうが頭に入らないんです」と。

そうか、大学教授クラスになると、そういう感想を持たれるのか、と思った。その時は、横光利一か何かの講義をしていたと思う。
余談になるが、この教授は大変な人気で、普段の授業は満席になるのにテストになると3分の2くらいに生徒が減るという不思議な現象が起きていた。つまり、単位を取ることとは関係なくただ教授の講義を受けたいだけの人がかなり入り込んでいた、ということだ。(当時の大学生は、授業は出ないのにテストだけ受けるというパターンが多かったから、真逆だ)

教授がどう言おうが、私は「キッチン」も「TUGUMI」も面白く読んだ。デビューから5、6作くらいまでは読み続けた。特に「白河夜船」という作品が好きだった。
でも、いつからか読まなくなり、気づけば30年経っていた。(ひぃ!)
正直なところ、この30年、ばななさんのことは頭になかった。意識して読まなくなったわけではなく、単に関心がなくなった、というのか、手に取るご縁がなかったというのか、1990年代前半を最後に、2023年までただの1冊も読んだことがなかった。

だから、なぜ30年以上経った今、急にこの本を手にしたのか、それが自分でも不思議だ。

「はーばーらいと」
今年の6月に出た最新作だ。内容はまったく知らないまま読みだした。

最初は、あやうい思春期のラブストーリーなのかと思って読んでいたら、意外にもそれは宗教団体から抜け出したい女性の話へと変わっていく。両親が某宗教の熱心な信者で、子どもである自分も入信させられる。いわゆる「二世信者」。そう、わりと最近、どこかで聞いたような話だ。

ばななさんはあとがきで、安倍元総理が亡くなった頃、ちょうど様々なカルト集団について調べていたということを述べ、
「誰かが自分らしく好きなように生きることが、巻き込まれた近しい人を傷つけることがあるということを、人の心の動きとして、書いてみたかった」
と書いている。
やはり、あの事件を意識していたようだ。

でも、ストーリーとしては決して重苦しくはない。結末は清々しくもあるし、ラブストーリーとしても読める。
そうか、今のばななさんはこういう小説を書くのだな、と思った。

母は言った。
僕は言った。
という感じで、セリフの後に「~は言った。」をわざわざ付けるのが独特で、それが読んでいる最中にちょっと気になったけれど。(ちょっとというか、実はかなり)
でもこれが、ばなな節というやつか。

とりあえず面白かったので、最近書かれたものをもう1冊読んでみようという気持ちになり、今度は「ミトンとふびん」を買った。

こちらは「身近で大切な人の死」というものを大テーマに、世界の旅先を舞台にして書かれた短編集だった。
「はーばーらいと」よりも、こちらのほうが私の知っているばななさんの世界観だった。
人って、さびしい生きものなんだな、と思う。そう思わせられる。
だから、誰かを愛し、ぬくもりを求め、寄り添う。
でも、強い生きものでもある。
だから、大切な人を失っても、どんなに悲しんでも、前を向いて生きようとする。せつないほどに。

私の知らない30年の間に、ばななさんはきっと大切な人を何人か亡くされたのだろうなと、そんな気がした。

今度はあとがきに、こんなことが書かれてあった。

何ということもない話。
大したことは起こらない。
登場人物それぞれにそれなりに傷はある。
しかし彼らはただ人生を眺めているだけ。

長い間、そういう小説を書きたかった。

そして、こうも書いている。

よりさりげなく、より軽く。
しかしよりたくさんの涙と血を流して。
この本が出せたから、もう悔いはない。
引退しても大丈夫だ。

そんな強い思いで書かれたのかと驚くと同時に、こういう正直さというか、等身大の自分をさらけだすようなことを書くばななさんだから、今も多くの読者(ファン)がいるのだな、と思った。

30年ぶりの吉本ばなな作品は、読んでよかったと私にも思わせてくれた。

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