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新聞屋さんの話

紙の新聞を取らなくなって久しい。すっかりニュースを追いかけるという生活から離れてしまったけど、最新ニュースを知らなくても話題のトピックについては話したがる人達が多いので誰かが教えてくれることになるし、新聞やテレビやインターネットのニュースを追いかけなくても生活には全く支障がないということに気がついてしまってからは、生活が以前にも増して非常に快適になった気がする。

冒頭の通り、紙の新聞は随分と前にやめてしまった。そんな我が家にもたまに新聞屋さんが新規購読者勧誘でやってくる。その日は朝からなにかいいことがあって(何があったか忘れちゃったけど)とても気分がよかった。

(ピンポーン)
「はい」
「あ、◯◯新聞の田中(仮名)です」
「新聞屋さんですか、新聞は取らないんですよ、悪いけど」
「あ、そうなんですが。でもちょっとあれなんですよ。実は僕、◯◯新聞を辞めることになったんですよ」

今日初めて対応をしたので、僕はもちろん田中さん(仮名)のことを全く存じ上げない。インターホンカメラ越しのぼやけた映像で見る限り20代後半くらいだろうか?いきなり「辞める」と切り出してきた田中さん(仮名)にちょっと興味を持った。

「あ、そうなんですか。それは残念ですね」
「実は故郷(くに)に帰ることにしたんです」
「そうなんですね。どちらなんですか?」
「青森なんです。カミさんが妊娠してるんですよ、故郷に帰って産もうかなってことで帰ることにしたんですよ」

初対面の新聞屋さんに家族の話を聞かされるとは。田中さん(仮名)への興味が高まるのを感じる。

「おめでたなんですか。それはいいですねぇ」
「ありがとうございます。一人目なんすよ」
「それは楽しみですねぇ」

インターホン越しに話をしているのもなんだな。今日は気分も良いし、興味も湧いているから玄関開けてみよう。

「ちょっと降りるので待ってください」
「あ、すいません、お忙しいところ・・」

我家のリビングは2Fにあるので急いで階段を降りる。

(ガチャっ)
「ありがとうございます。新聞、取っていただけないでしょうか?」
「あ、もう新聞は随分と取っていないんですよ。だってネットでニュースも見られるからね」
「そうですよね、最近そういう方がほとんどですもんね」
「すいませんね。新しい門出を祝ってあげたいところなんだけどね」
「そうですか。実は6月末で辞めるんです。夏のボーナス前なんですよ」
「そうなっちゃうんですね、これからお金いるだろうし大変ですね」

田中さん(仮名)が自分自身で決めた予定だ。夏のボーナスが貰えないのは残念だけど仕方ない。僕にはどうしようもない。

「(新聞配達店の)社長が、辞める前に契約を20件取ってきたら、退職後だけど特別に夏のボーナスを出すって言ってくれたんです」

お?ちょっと風向きが変わった。一気にシフトチェンジしてきた印象だ。

「何もないと出せないけど、最後に頑張って赤ちゃん迎えてやれよ!って」
「そうなんですか。でも新聞はもういらないなぁごめんなさいね」
「3ヶ月だけでいいんです。10月から年末までとかで」

正直、このあたりの話をしている時、僕の中では短期間であれば契約してあげてもいいかなと思い始めていた。故郷に帰ってこれから赤ちゃんを育てていくという若い二人を助けてあげるのもいいじゃないと。

「これから大変だもんね。青森に帰ったらどうするんですか?」
「おじさんが工場やってるんです。そこでお世話になろうと思ってます」

なんだかありがちなストーリーな気もする。

「そうなんですか。働き口があるってのはいいじゃないですか」
「はい、カミさんも地元で子供を育てられるから嬉しいって言ってるんですよ」
「お二人とも青森なんですか?」
「はい、青森なんです。高校で知り合って、こっち来て結婚したんです」
「へ〜じゃあお二人とも地元だとこれから楽しいですね」
「はい、こっちもいいんですけどやっぱり地元は友達もいますしね」

そろそろ切り出すか。

「わかりました。二人の門出を祝って契約しますよ。3ヶ月でいい?」
「ありがとうございます!はい3ヶ月で。10月からでいいですか?」
「もちろん。じゃあ契約ってことで」

ということで契約。1万2千円ほどの出費ですが(支払いは購読が始まってから)、直接ご祝儀を渡す関係でもないし、これで彼ら二人が幸せになってくれるのなら安いもんだ。

「ありがとうございます!これ、ちょっとしたものですが受け取ってください」

と、発泡酒を1ケース。これはこれはどうもありがとう。

「なんとか契約ノルマ達成してボーナスをゲットしちゃってね」
「ありがとうございます!がんばります!」
「こちらこそ二人の門出を祝えて嬉しかったよ。お幸せにね」
「ありがとうございました!」

あの日から3年。我が家には未だに新聞は配達されてこない。6月になると思い出す新聞屋さんのお話。本当に赤ちゃん生まれたのかしら。


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