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美しく燃える森

 森の木々。川のせせらぎ、そのみなも。きらきら露に濡れる草の葉。しっとりと湿った大地。そこに吹き抜ける心地よい風。風にゆれる深いグリーンの葉。葉っぱのすきまから差し込むヒカリ。

 ‥はだしのあたし。みどりのなかで両手を広げて大きく息を吸いこむ。


* * *

 あたしは暑さに弱い。暑いというだけでやる気の半分が持ってかれる。どれだけ自分の好きなことをやろうと思ってたとしても。そんななか本格的な夏がとうとうやってきてしまった。あたしのキライな「ザ・夏!」。

 あぁ早く寒くなればいいのに。吐く息が白いほど寒く。

 ここのところ自宅にこもってばかりで、あまり外に出ない日が続いていた。仕事は自室なので自分好みの冷えっ冷えで超快適な環境でできているし、日常の買い物程度のお出かけもいつも車だからdoor to doorで暑い外を歩いたりしなくてもいい。夏の嫌いな自分にはありがたいことではあるけれど‥。

 大地を踏みしめてないなぁ、自然に直接触れてないなぁ、地球を肌で感じてないなぁ(最近やたらとあたしは地球に生きてるって思うのです)、なんてぼんやり思いながら窓の外を見て、暑そう‥と諦める。そんな日を繰り返してた。でも裸足で歩きたいなぁ‥という本音はおなかに常にある。先月のある日、ふたりで竣工したばかりの公共施設へ建物見学に出かけて中庭の芝生を歩いたときの「あ、こうして土を草を踏むの久しぶり」って思ったあの感覚をまた感じたい。

 あたしの住む街はほどよく街ナカでありつつ自然豊かで、海も山も川も車でちょっと行けばすぐに到着できる「イナカ」‥といってしまえばあれだけど、自然環境の整った、あたしにとってとてもいい街。

 自宅はマンションの4階だからいつも宙に浮いてる感覚。ちゃんとじぶんの足で土を大地を踏みたいって思った。海でも川でもいい、水に足をつけてちゃぷちゃぷさせながらぼんやり考え事したいって思った。


そうだ、森へ行こう!


 40分のちょっとしたドライブ。運転はあたし。音楽はフジロック最終日の配信。目指す森はこの街に住むあたしたちには馴染み深いすぐそこの標高1700m越えの山なんだけど、その裏っかわへちょっと奥までを目指す。肌でみどりや水や大地、つまり自然を直接自分自身で感じて楽しみたい。そう、地球を感じたい!(しつこい)

 車窓は街ナカからだんだん自然豊かな景色に変わる。森までの道のり、山に登って行くにつれ車のエアコンがやけによく効くなあと思った。それってつまり外気温が低いってことか。木々の色がどんどん濃くなる。


―――― 森は待っててくれた。


森

 車を降りて吸い込まれるように小径へと歩く。Tシャツにサンダルのあたし。ちょっと肌寒いくらいの気温に驚く。吸い込む空気の温度の低さ。鳴いているセミはひぐらし。下界とは別世界、別空間。

 渓流の奥は水けむりでもうもうとしている。マイナスイオンって目に見えるんだなぁって思った。念願だった水に足をつけてみる。ものすごく冷たい。30秒でギブアップ。そのかわり何度も何度も水に足をつけた。

 岩の苔をなでる。ふっさふさでみずみずしいみどりの毛玉。あぁ連れて帰りたい‥。ここが国立公園でなければ‥。まわりにはあたしの大好きなシダもたっぷり。みどりの色のグラデーション。なんて美しい。

 何人かの人に出会った。写真を撮りに来ている人、家族連れの人、デートらしき若いふたり、老夫婦。ご時世もあってすれ違うときの挨拶は会釈だけ。思い思いの場所で木々を見上げたり、川を覗き込んだり、水に触れたり。

 あたしは森に着いてからずっと写真を撮っていた。水に足をつけているときは動画も。ほんとはスマホなんて持たないで、みどりのなかにどっぷりひたりたい気持ちがあったけれど、どうしてもこの情景を残しておきたかった。他ならぬあたしのために。

 日常に戻ったとき、あたしはきっとまた恋しくなる。あのしっとり湿ったみどりのグラデーション、流れ落ちる水の音、風で揺れた葉のさざめき、ひぐらしのせつない声‥。

 地球のパワー全開の自然で満たされたこの空気をそのままそっくり思い出せるように。プラスでもマイナスでもないフラットな自分に戻れるように。


 嫌いだけど、ちょっとだけ好きになれそうな気がした。夏のこと。



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