ただじゃ済まない里帰り

 実家への気軽な帰省は、ひなちゃんが生まれてから決死の覚悟で挑む大移動になった。
先日私と夫ひなちゃんの3人で実家に帰省した。目的は4年ぶりに地元で開催されたお祭りに参加することだった。
 私の実家は新幹線で1時間半、それから車で1時間行ったところにある。よく言えば自然豊かな場所、悪く言えば殺風景なド田舎だ。それでも、3人家族になって初めての夏を地元で思い切り楽しみたかったのだ。
 帰省する1週間前からワクワクと準備を始めた。メルカリでひなちゃんに小さな甚平を買い、私たちのサポーターからもらったビニールプールも荷物に入れた。
実家の縁側にプールを出し、ひなちゃんとちゃぷちゃぷ水遊びをしちょっとお昼寝をして、夕方近所に住む幼馴染と一緒にみんなで祭りに行くなどといういかにも「夏だー!!!」というプランを空想していた。やたらと高い気温のせいで頭の中までハイになっていたのだと思う。
 待ち望んだ帰省当日はびっくりするほど日差しが強く蒸し暑かった。事前に荷物は宅急便で送っていたが、それでも手持ちのリュックはパンパンだった。
ひなちゃんの保険証やおむつ、お着替え、食料、歯固めガチャガチャ鳴る木のおもちゃと移動中に必要なものは多い。
それらたくさんの荷物を準備し、予定通りに意気揚々と出発した。
 ところが、新大阪に行く途中電車の中で事態は一変した。私がひなちゃんにお水をあげようと何気なく
「あ、お水の哺乳瓶取ってくれない?」
と夫に声をかけると、
「あー、うーわ、哺乳瓶準備してそのまま棚に置いてきてもーた!」
などと言い出したのだ。
「うそでしょ?」
とつぶやき、私の思考は一瞬止まった。
そんな非常事態でもひなちゃんはおかまいなく足をバタバタさせながら
「うー、きゃっきゃ。」
と楽しそうに声をあげていた。
新幹線の席はすでに予約している。引き返せば確実に乗り遅れる。まだなにか手はあるはずと私たちは考えた。
ひとまず途中の駅で降り、夫に近くのドラッグストアまで行ってもらった。哺乳瓶を売っているのではとひらめいたからだ。
だが願いもむなしく適当なサイズの哺乳瓶は売られていなかった。もはやこれまでとあきらめ、引き返すことにした。もうテンションダダ下がりだ。
私たちの予約した新幹線の席は空っぽのまま、ホームを滑り出て行ったことだろう。
 再び家に戻り水の入った哺乳瓶をカバンに入れ、
次こそはと駅へと向かい電車に乗った。
 ところが、今度は途中の駅で電車が一向に動かなくなった。
「あれ?なんで?」
と夫と話していると、
「車内で急病人が…。」
と車掌さんのきわめて冷静なアナウンスが入った。
「うそでしょ?」
私は数十分前と同じようにまたつぶやいた。だっこひもに入ったひなちゃんの重さがずしりと増したような気すらした。
 しばらくして、急病人の対応も終わり、電車は動き出した。次乗ろうとした新幹線はまたしても滑り出て行ってしまったようだった。
実家までの移動は、夏のイベントに思いを巡らせる楽しい時間から疲労感と戦いつつ1分1秒でも早く着くことを願いつつ遂行するミッションになった。
 無事新幹線に乗れてからは、運よく空いていた多目的室も借りられ、比較的穏やかに過ごすことができた。
 私たちは、当初の予定よりも2時間遅れて実家に到着した。真夏の太陽はすっかりどこかに消え失せ辺りは真っ暗になり、山特有の涼しい風が吹いていた。
こうして帰省1日目は終わった。

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