私のお家はどこですか!

 先日、自分がどこにいて、この先どう歩いていけばいいのか全く分からなくなった。物理的に。
 ひなちゃんと二人で過ごしていたとある昼下がり、公園に行くことにした。ひなちゃんは外が大好きで、温かいお昼の公園で、のんびりミルクでも飲めたら喜ぶだろうと思ったからだ。公園までは数100mと近い。ルートも、家の横の路地を真っすぐ行き、幾つ目かの交差点で1度曲がれば着くという単純なものだった。
 昼寝から醒め、
「ギャーギャー」
騒ぎ出したひなちゃんを抱っこ紐に入れ前に抱え、ミルクとおむつを入れたリュックを背負い出発した。とても天気が良く、薄手のコートで十分な温かさだった。空は青く広がり、心地よい風が吹いていた。ゆっくりと道を歩いていると、
「あれ?今日はにいちゃんおらへんの?」
と犬を連れた近所のおじさんに声をかけられた。
「はい。今日はパパ、お仕事なんです。」
と答えると、
「あー、そーかー。気いつけて行きや。」
と優しく返してくれた。角を曲がると、子どもたちの声が聞こえ、公園が近づいてきたことが分かった。公園に入ると、入り口近くに石のベンチを見つけ、腰かけた。ひなちゃんを抱っこ紐から出し、膝に座らせると、ムニューっと背伸びをして、首を左右に振り、キョロキョロ辺りを見まわし始めた。時折遊んでいる子どもの声に反応するように
「キャッキャ」
と声を出し、楽しそうにしていた。
 暫く休憩し、ひなちゃんにミルクをあげると哺乳瓶をムギュムギュといわせながら勢いよく飲んでくれた。やはり外で飲むミルクは格別らしい。
 さらに食後の休憩を数10分、冷たい風が吹き始めたところで帰ることにした。
 ひなちゃんを再び抱っこ紐に入れ、リュックを背負い立ち上がった。入ってきた入口から幾つかの車止めを右左と交互に避けながら道に出た。車通りも少なく比較的歩きやすい道だった。右に曲がって真っすぐ行って、先の角を見つけてと、道順を反芻しながらゆっくりと歩いた。
 ところが、最後の曲がり角がいっこうに見つからない。清々しく晴れ渡った空とは対照的に私の心の中は雲行きが怪しくなり始めていた。
「ま、大丈夫か。もうそろそろかな」
と自分に言い聞かせながら歩いているうち、目の前にさっと影が現れた。来た時には明らか無かったアーケードが出現したのだ。あるはずのない騒がしいパチンコ店の音やたこ焼き屋さんのような良い匂いまでしてきた。迷子になったことが確定した。瞬間、自分がどこにいて、どう進めばいいか分からなくなった。来た道を戻ればいいと言う人もいるが、もはやどこをどう歩いて来たのかも分からない。
「どこだここーーーー!!!」
と叫びたくなるのをこらえ、スマホでGoogleマップを開いた。とりあえず近くの駅名を入れ、道順をボイスオーバーで読ませてみた。だが、聞いたところで方角も道の名前も分からなかった。
何年も住んでいる家の近所で迷子になるなんてと、なさけなくなった。本当に
「私のお家はどこですか?」
と誰かに聞きたいぐらいだった。
 しかし、立ち止まりいじけていても家が近づいてくるわけではない。気を取り直し、車が通る音を聞き、大きな通りに出ることにした。駅は大通り沿いにあり、周辺の商店街の多くがその大きな通りと垂直に交わっていることをなんとなく知っていたからだ。
 時折、Googleマップで駅までの直線距離が短くなっているか確認しながら歩くうち、どうにか知っている道に辿り着いた。
 家に着くと散歩に出てから1時間以上が経っていた。もうへとへとだ。自分の街歩きセンスの無さに落ち込んだ。唯一良かったのは、ひなちゃんが公園を出て帰るまで、じっとしていてくれたことだ。きっとこちらの不穏な空気を察したのだろう。泣き出すことも無く、手足をパタパタ動かす程度に留めていてくれた。
 公園から帰ることがこんなにも大変だとは思いもしなかった。楽しく帰ってこられるようになることを目指し、これからもう少しルートを覚えていきたい。

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