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1日1ショート

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1日1つ、400文字以内でショートストーリーを書きます。
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記事一覧

1日1ショート・その64「アイデンティティ」

まず始めに断っておくと、僕はニンジンだ。 好きな野菜で「ニンジン」とあげる人は少ないだろう。 でも、僕はニンジンなのだ。それはもう仕方ない。 けどキャロットケーキとかキャロットラペとかグラッセとか、 いくらでもおいしい食べ方はあるだろう? よく考えてみてほしいんだ。ニンジンもおいしいよ。 まあ、でも僕はまだ土の中にいて、 人間様様に食べられる以前の問題である。 早く土から出たい。 食べられたいというよりは、外界を見てみたいんだ。 僕を含め、土の中のニンジンは皆早く引っこ

1日1ショート・その63「ボール」

僕はノリノリの男である。 スーパーポジティブシンキングガイ。 ノリノリで飛び跳ねたり、踊ったりするように生きている。 だから周りからよく「ゴムボール」みたいな人間だと言われる。 で、目が覚めたらマジで俺、ゴムボールになってたってわけ。 ほらなんかの小説であったよね。目覚めたら虫になってたみたいなやつ。 あれのノリで俺はゴムボールになったのか。 よくわからんけど、ポジティブな俺でも落ち込むわ。 俺も虫とかのが悩み甲斐あったのにな。 ゴムボールってさあ……。まあ、俺らしいのか?

1日1ショート・その62「ボート」

マイケルとシャーリーはボートに乗っていた。 実はこのボート、乗ると別れるという曰く付き。 それをシャーリーは知っていてこのボートに乗った。 もちろんマイケルは知らない。 その日ボートの浮かぶ池は水草が大量に発生しており、 乗船は禁止となっていたはずだった。 でもシャーリーが「どうしても」と言って聞かないので、 マイケルは愛する彼女のためにボートを こっそり人目のない岸辺まで持ってきた。 2人はボートに乗り込み、池を漂う。 だけれど周りの水草はどんどん成長し、 マイケルとシ

1日1ショート・その61「木の下で」

エリーは学校や家ではもの静かで、 パパやママ、友人たちにも内気、シャイな子だと思われていた。 そんなエリーは学校帰りに不思議な木を見つける。 色とりどりの実をつけたカラフルな木。 その木を見て、エリーはワクワクしてきた。 思わず木の周りを踊ってみたり、 木に登って実を採ってみたり、 採った実をかじってみたりした。 実は色によって甘かったり、酸っぱかったり、 中には苦いものやチョコレートのような味のするものもあった。 エリーは木で遊ぶのが楽しくて仕方ない。 そしてエリーは

1日1ショート・その60「あめちゃん」

歴史的な大干ばつが起きる。 川や池の水はすべて干上がった。 ジェレミーは冷たいシャワーを思う存分浴びた日のことを、 かつて川だった場所に腰掛けながら考えていた。 今では濡らしたタオルで体を拭くぐらいしかできない。 「はー」 息を大きく吐き出し、川だった場所に体を横たえてみる。 ここには本当に水があったのか。 と、地面が振動しているのに気づいた。 ジェレミーは上体を起こし、川の上流の方に目をやる。 何かがやってきている。 どでかいナメクジのような見た目。 大きなナメ

1日1ショート・その59「ポリーさん」

前、僕が住んでいた街にはポリーさんがいた。 それが当たり前だと思っていた。 けれど、ここではそれらしき人を見かけたこともないし、 誰に聞いてもそんな人はいないと言われてしまう。 ポリーさんは僕らにいろんなことを教えてくれた。たとえば天気。 ここでは天気予報士という人がいて、天気予報というものを出す。 だが、ポリーさんがいればそもそも予測する必要がない。 「ポリーさん、明日の天気はどう?」 「明日はアッツアツよ。あなたが今朝食べた目玉焼きみたいな太陽が、空を一日中征服す

1日1ショート・その58「ゾンビ冷蔵庫」

私はとてもズボラである。 ついつい冷蔵庫に期限切れの食材、食品を放置してしまう。 冷蔵庫の中では腐っても異臭が外に漏れないので、 正直あまり気にしていない。それが本音。 まあ、今となっては気にしていなかった、と言った方が良いのか……。 ある日。それは残したお弁当を冷蔵庫内に放置して、3年目の月曜日。 美しすぎる満月の出ていた夜だった。 私は夜更かしをし、暗い部屋でスマホをいじっていた。 するとキッチンの方から扉が開閉する音が聴こえた。 まあ気のせいかなと思っていると

1日1ショート・その57「見知らぬ人」

朝起きて、妙な違和感を抱く。 朝食を用意してくれた母親、 わけもわからず食卓を汚す小さな弟。 見慣れた朝の光景、 僕は母も弟のことも誰よりも知っているはずなのに 何だか知らない人間のようだ。 「アンディ、そんな深刻な顔して。どうしたの?」 母親が優しい微笑みを浮かべ、僕に尋ねる。 それもいつも通りのはずだった。 でも、笑顔を「浮かべる」というよりも 笑顔が顔に張り付いているかのように思えた。 学校へ行ってもそうだった。 仲の良いはずの友人たちとふざけていても、 それ

1日1ショート・その56「ポワポワ」

ポワポワという名の木がある。 ポワポワの木は初夏になると綿のような実をつけるのだが、 これが超絶美味。口に入れるとフワフワと溶けていく。 まさにナチュラルボーン綿あめなのである。 この実は僕の大好物だが、 僕以外にもこの実を大好物とする生き物がいる。 それがみんなもよく街で飛んでいるのを見るはず、 「スポワ」という昆虫だ。 スポワは可愛らしい見た目から想像できないほどの食欲を持つ。 スポワ一匹でポワポワの木一本になる実をすべて食い尽くしてしまう。 ポワポワにとっても僕にと

1日1ショート・その55「夢中」

私は今、夢に夢中だ。 起きている時間よりも寝ている時間がどんどん長くなる。もう夢中で夢中。 だって、夢の方がいろんな場所に行けるんだもの。 一昨日はカリブ海、昨日は台湾に行った。 素敵な景色を見たり、おいしいものを食べたり。 段々と行きたい場所をコントロールできる能力を身につけた。 でも何回かに一回、どこだかよくわからない場所に飛ぶことがある。 こないだもそう。私は謎のカラフルな液体の上に漂っていた。 どこかを目指しているわけでもなく、周りには何もない場所。 不思議と恐

1日1ショート・その54「おしゃれウサギ」

なんとなく散歩していると、 おしゃれウサギのブルスケッタに遭遇した。 最初は誰なのかわからず、 ボーッと変なウサギだなと眺めていたら向こうから挨拶をしてきた。 「私はブルスケッタですよ」 それを聞いて、僕は「あー!」と感嘆の声をあげた。 ブルスケッタはいかにも満足げな表情をしていた。 最近みんなが話題にしていたウサギではあったけど、 本当に存在するんだな。 ブルスケッタはたしかにおしゃれだ。 おしゃれな前髪におしゃれな蝶ネクタイ。 みんなが憧れるのもわかる。 今、こ

1日1ショート・その53「寝ている間に」

最近、夜の睡眠時間が短いせいでよく昼寝をしてしまう。 いつの間にか寝ているのだ。 そして暑くなってきたので、 大抵窓を開け放して眠っている。 それに動物たちが気づいたのか。 目が覚めたら猫が二匹(うち一匹は名前をジェニーと言った。 もう一匹は忘れた)と猿が一匹(アラジンのアブーそっくり)、 あとは子豚が私の部屋に入ってきていた。 私は周りに動物がいることにそこまで驚かなかった。 猫たちはすごく人懐こく、ベッドで丸くなる私に擦り寄ってきて癒された。 暑いはずなのに彼女たち

1日1ショート・その52「夜車窓」

彼が夜のドライブに行こうと言ったので、 私はウキウキして彼の車に乗り込んだ。 まさかそんなロマンチックな言葉を私に発するとは! 今までいちばん嬉しい。 「どこに行くの?」 そんな無粋なことは彼に聞かない。 彼が行きたい場所ならどこでもついていくんだから。 でも車の窓から見える景色が段々と怪しくなってきた。 私たちの住む都内の安アパートが並ぶ地域から 煌々と輝くビル街を通り抜け、どんどん郊外へ。 そして今では数キロに一度、小屋を見かけるか見かけないかの森の中。 私の心

1日1ショート・その51「砂の上」

いやー困った困った。 そりゃあね、もちろん命を吹き込んでくれたことには とても感謝しているんですよ。 そう。僕は砂の上に描かれた絵です。 さっき5歳ぐらいのかわいい人間の女の子が僕を描いてくれました。 ありがとう。ありがとう。心からありがとう。 でもさ、はっきり言うよ。描く場所もっと考えよう。 これじゃもうすぐ僕は波に消し去られる。 さっきから冷や冷やしている。 すでに僕のお尻は海水にひたひたで冷や冷やだ。 するとどこかから、 「あらあら。ここまで嫌がる子も珍しいわね」