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0531 米兵にとっての「ツキに見放される」とは

帰還兵は何故自殺をするのか?というような本を読んだ後、記録をつけた。
それを読み返していて、標題の言葉が目についたのだった。

戦場から戻った兵士になされる演説などで、亡くなった仲間に対して「運が悪かった」と慰めることが多いらしい。
それを聞くと、兵士としては、「運がない」、つまりツキに見放されたからあいつは死んだ、と受け止めてしまう。
「じゃあなんで俺は?」と。
本はそこで止まっていたけれど、キリスト教の国だから、きっと、「神様に見放された」という言葉と同義になるのではなかろうjかと感じた。

隣にいた仲間が、不意に死ぬ。
急な爆発で、後ろにいた仲間が死ぬ。
それを、「運がなかった」だけで片づけると、茫然としてしまうのだろう。

戦争の意味がだんだんなくなり、仲間の意味の方が強くなるという。
その仲間が死ぬのだ。
戦場では仲間がよりどころで、ともに生きていたけれど、戦場から帰るとたった一人、終わらない罪悪感が、自殺を選ばせるのだとしたら…

自分もかつての同期が死ぬよりは、自分が死んだ方がまし、と思う。
(今の職場では全然思わないのは、たぶん同じ釜の飯を食ってないからw)
家族よりなにより、ふとした瞬間に仲間の笑顔だけが、暗くなるとその死に顔が、声が、聞こえてくるのだろうな…。

とはいえ、私も戦場は知らない。
兵士だけしか分からない世界…。開高健もそう書いていたなぁ…。

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