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坂を駆ける少女

 私の通っていた中学校は、正門からいきなり急坂が長々と伸びていて、頂上に校舎、そこからこんどはグラウンドに向かって再び急な下り坂になるというレイアウトになっていた。

 坂道の両脇にはソメイヨシノの木がずらりと植えられており、春にはあたり一面、桃色がかった白くて可憐な花が一斉に淡い光を放ち、そよぐ風にはらはらと舞う花びらとあいまって、幻想的な桜のトンネルを浮かび上がらせる。

 私はソフトボール部に所属し、毎日放課後になると制服からジャージに着替えて練習に励んでいた。
 グラウンド練習は野球部と陸上部、サッカー部とソフトボール部の組み合わせで日替わりで前後半に分かれて使用することになっている。
 ソフトボール部は、グラウンド練習が後半の日には、まずグラウンド側の坂と校門側の坂の上り下りを通して走って全部で10往復する決まりだった。今思い出してもかなりきついトレーニングで、10往復に満たずリタイアする者も少なくなかった。

 入部して日も浅く、まだ10往復を完走するのにかなりの時間がかかっていたころ、サッカー部もこの坂ランニングを始めるという噂を聞いた。私の心臓はばくん、と上がった。

 サッカー部には、Kくんがいる。私より身長は少し高いくらい、細身で足が速くて数学が得意で、笑うと色黒の肌に真っ白な歯がこぼれる男の子。小学校5、6年で同じクラスだった。
 当時クラスの中では数少なかった洋楽ファン同士数人で固まって、休み時間になるとよく音楽の話をした。なかでも私とKくんは特にCulture Clubが大好きで、お互いにラジオの洋楽カウントダウン番組から録音したカセットテープを貸し借りしたりダビングしたり、洋楽雑誌の切り抜きを見せあったりしていた。
 小学校最後のバレンタインに思いきってチョコを渡したけれど、さわやかに「ありがとう」と言われ、その1か月後、律儀にホワイトデーのお返しをくれた……というところでなんとなく一時停止してしまい、なにを確かめるでもなく、そのままあっさりと卒業式を迎えた。
 中学校に入って、13学級もある学年で私とKくんはクラスも教室も遠く離れ、話す機会はもちろん、廊下ですれ違うことすらほとんどないような日々を送っていた。

 10往復ランニングが始まった。私が2往復めに入ったところで、サッカー部もランニングを開始したようだ。ドタドタドタドタ、バタバタバタバタ……アスファルトに跳ねる足音が一気に倍以上にふくれあがり、坂道が人でいっぱいになる。

 校門を折り返し、心臓破りの坂を上っているときだった。サッカー部の1年生のかたまりの中、Kくんが向こうから駆け下りてくるのが見えた。白い練習着の左胸あたりに、下手くそな字で大きく書かれた苗字が揺れている。
 私はとっさに、地面に散らばる無数の円形のくぼみに視線を落とした。その輪がひとつひとつ、後ろに流れ落ちていくのを感じながら、あと少し、あと少し。
 ここだ、というタイミングで顎を上げると、左前方、すぐそこに、彼がいた。「これマジで超きっついべー!」と叫びながら仲間と笑いあい、その笑みを残したままこちらを見た刹那、目と目が合った。

 ばっくん。

 ただでさえ私の肺は酸素不足で限界だったのに、心臓が勝手に弾みあがってしまって呼吸が止まりそうになる。ごほっ、ごほっ、げほっ。血の味がする。

 あれ? 不思議。その一瞬だけの苦しさのあと、坂を上る両脚がいきなり軽くなったのだ。私はぐんぐん加速して坂を上りきり、下り、グラウンド側で折り返してまた上り、再び校門側から坂を上ってきたKくんを真っ先に見つける。距離が最短になるまでは極力知らないふりをし、ギリギリのところでちらと顔を見る。また、目が合う。

 いつもなら走って少しすると鉛の靴でも履いているみたいに重くなってしまう脚が、今日は面白いように回転する。桜の木を支える石垣も、グラウンドに張られた緑のネットも、夕方のやわらかい太陽も、色だけのかたまりになってびゅんびゅん飛んでいく。
 Kくんとすれ違う、すれ違う、すれ違う。そのためだけに、私は走った。

 気がついたら、10往復は終わってしまった。
 いつの間にか先輩たちのことも追い抜いていて、私の順位はその日初めて、部内で2着となった。

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